brothersじゃなくてbrethrenです。
ちょっとブラフ(?)をかましてみたんですが、brethrenは英語の複数形の要素が詰まっている活用例です。
同じような形をとるものとしてchildrenがあります。こちらは某ミュージシャンのおかげで日本人なら*childsではないと分かりますね。(存在しないものや存在が確かでないものには*を付ける慣習です)
そう、つまり英語の複数形は-sだけじゃないのです。学校では-s以外の形は「不規則」と習いました。
今回は、英語における-s以外の複数形を、兄弟言語であるドイツ語の複数形と絡めながら、それから日本語の複数形とも比較して見ていきましょう。
他の複数形が使われている例
母音を変化させるグループ
概してi(イ)の音に引っ張られるように変化をします。ウムラウト化、i-mutationと呼ばれています。
かつて語尾に*-izを付けていたので、そのイの音に影響を受けて、母音部分がイやエの方向に変化します。
ドイツ語ではかなり多く見られる複数形ですし、イタリア語でもこの形が主流です。
例えば日本語である「着物」はイタリア語でもそのまま「kimono」として借用されていますが、複数形は「kimoni」と言います。
foot/feet
「フットボール」と言うのに長さの単位では「フィート」を使いますよね。
“oo”部分のウーという音がイーに代わっています。
かつて*フォーティズのような音だったものが*フィーティズ、そして語末の子音と母音が順に脱落(テキトーに発音したいから)して現在のフィートに定着したと考えられます。
tooth/teeth
こちらもfeetと全く同じように考えて差し支えないでしょう。母音部分がイーに変化しています。
man/men
こちらは母音部分がイではなくエになっています。
しかし大事なのは母音発音が前舌化、つまりベロが前に動いている=イ方向に影響を受けているということですね。
母音のイラストを思い出しましょう。
オーやウーといった音は口を大きく開けているわけではないので、同じく閉じ気味のイになりやすく、アは口を大きく開けているので途中のエで変化が止まっている、のかもしれません。
woman/women
womenで面白いのはなんといっても読みが「ウィメン」である点です。
man部分がmenに変化するだけでなく、直前のwo部分も影響を受けてウォからイっぽく変化してウィと発音されるようになっています。(ウォメンって読んじゃってた人はこれを機会に覚えよう!)
mouce/mice
これはちょっとマイナーかもしれませんね。
ネズミの複数形は*マウスィズではなくマイスです。
母音部分が、
*オウ(原形)
↓
*イー(*-izの影響を受ける)
↓
アイ(大母音推移に飲まれて音割れ)
という流れを辿ったものと考えられます。
-n語尾を付けるグループ
こちらもドイツ語では今も多く登場する複数形です。
ox/oxen
牛さんですね。日本人の英語学習者にはあまりox/oxenを使用する機会はなかった人がほとんどな気がしますが、-n語尾が使われている珍しい例です。
brother/brethren
冒頭でも取り上げた兄弟。複数形は-n語尾に属しブレズレンなんですね。しかしブラザーズ(brothers)もかなり定着しています。
child/children
childrenは-n語尾グループですが、なんか引っ掛かりませんか?
そう。*childenではなく、間にrが入っていますよね。
実はもうひとつ-r語尾グループがあって、英語の古文ではcildruという形でした。
本来なら*childerのような複数形となるところですが、他に-r語尾グループが少なすぎて「複数形っぽくない」とみなされた結果、-n語尾を付加して現在のchildrenに落ち着きました。
無変化
学校では「単複同形」と教わったグループですね。
fish/fish
元は-azが付いていましたが、脱落して無語尾になりました。
sheep/sheep
これは元々無語尾でした。
you/you
これは上2つとは全く別の事情があります。かつて英語も2人称単数の代名詞にはthouという単語がありましたが、2人称複数のyouに飲み込まれてしまったんですね。
理由は諸説ありますが、thouと言うとなんだか指をさして呼んでいるような気がして「上品ではない」とみなされた説が有力です。
日本語でも気を遣って話すときは「そちら」とかぼやかして言いますよね。そういう感覚が昔のイングランド人にもあったようです。
そういえば「あなた」も漢字は「貴”方”」ですから、これですら既にぼやかした表現だったと考えることもできます。そして「あなた」が二人称単数として完全に定着した結果、それでは飽き足らず「そちら」「おたく」といって表現が使われ始めるんですね。言語の変遷の様子が見て取れます。
datum/data
日本語にもデータとして定着している単語ですが、実はこれ複数形なんですね。
これはラテン語から借用しているので、複数形もラテン語のルールに則って作ります。
data以外にも同じくラテン語由来の名詞はラテン語のルールで変形することが多いです。ギリシャ語由来の単語も然りです。
ただ、datumで登場することはほぼ無いので、最近の英語では複数形dataでも動詞の活用は3人称単数で受けることが増えてきています。それに伴い*datasのような表記もちらほら見られるようになりました。
そのような表記は今のところ誤りですが、2人称単数の代名詞がthou(スー)からもともと複数のyouにとって代わられ、一方で「あなたたち」を意味するときに”you all/y’all”や”you guys”と言うようになったことを考えれば、至って自然な流れと言えます。
※2人称単数のyouは動詞の活用は複数形で受けますけどね。(be動詞はare/wereだし一般動詞は-sを付けないですよね)
なぜほとんどの単語で-sを使うのか
-s語尾の起源は「男性強変化名詞」に使われた複数形でした。
「男性強変化名詞」というのは、かつての英語の名詞には文法上の性があって、それの男性名詞の、変化が激しいグループ、ということです。
英語の古文においてこれの占める割合は全体の3分の1程度でしたが、なんやかんや(急に雑)これが存在感があって「複数形といえばこれ!」という状態になりました。
全体の3分の1だったわけですから、残りの3分の2はi-mutationや-n語尾、-r語尾が占めていたわけです。つまりいま「不規則」と呼ばれるものも立派な「規則変化名詞」だったということがわかります。
高頻度語は統一の流れを免れる
「高頻度語」というのは「よく使われる言葉」のことです。
高頻度語は統一、見方によっては文法といってもいいですが、ルールができても例外として従来の形を維持しやすいです。
複数形には-sを付ける。これはもう英語の文法ルールとして完全に定着しているんですが、childrenやfeetという”不規則形”はあまりによく使われるので、幼児が文法ルールをマスターする前に頭にchildrenやfeetが残ってしまうんですね。
この流れが繰り返されることで、低頻度語が-sに統一されていく一方で、高頻度語は元々の複数形を維持するということが起こります。
そして現代人や非ネイティヴからすればそれは「不規則変化」に思えるわけですね。
日本語の複数形は地獄そのもの
「あーなんか英語って単語によっていちいち違う複数形使ってて、面倒な言語だなあ」
と思った方のために、もっと面倒な日本語の話をしようと思います。
達、共、等、々(反復)
まず、日本語にもちゃんと(?)複数形の作り方がいくつもあります。
私たち、愚民ども、男等、木々、といった具合ですね。
明確な基準が無い、ものによってはいくつか使える、文脈による使い分けも必要
ドイツ語やイタリア語には複数形の作り方に明確な基準があります。例外もあるでしょうが、名詞の性とか語尾によって理路整然と決めることができます。
一方で日本語はというと、共や等が少し侮辱的もしくは謙譲的である程度でしょうか。単語によって、というよりはメッセージ全体のニュアンスによって、というべきかもしれません。一応「たち」がメインですかね。
わたしたち、わたくしども、我ら、我々、のように全パターン使えるものもあります。
「複数形は色々ある」というのがいかに普通なことなんだとご納得いただけたでしょうか。英語のように統一されていたり、起源をさかのぼって理解できるだけで、相当マシなことなのです。
「子供達」はchildrenにそっくり
さて、childrenは元のclidruにさらに-n語尾を付加した形だと説明しました。
偶然にも、ちょうど日本語の「子供達」も同じ事情を抱えているようです。
見て分ける通り、にんべんついてますが「供」は複数形の印ですね。日本語ではどういうわけか「子供」が単数名詞として定着しているので、主要な複数形である「達」を付加した「子供達」という複数形が使われています。
まとめ:*childrensが使われる日が来るかも
ひとつの言語において色んな複数形があることは普通なことなんだとお話してきました。
そしてその中でひとつの複数形が圧倒的な存在感を示して台頭した結果、他の複数形を駆逐したり、形は残すけれども語尾にそれが付加されるパターンも英語と日本語の両方で見てきました。
そこから言えるのはいつの日か*childrensが使われることも全く自然なことだということです。
いまは小規模ながら残っている-n語尾グループが複数形としてみなされなくなって、-s語尾に取り込まれるということですね。
冒頭で紹介したbrother/brethren/brothersはまさにその渦中にあると言ってよいでしょう。
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