アユタヤは、1351年に初代ラーマーティボーディー1世(在位1351-1369年)によって建都され、1767年にビルマ軍に滅ぼされるまで417年間にわたり繁栄したアユタヤ王朝の首都です。
バンコクから北に約76km、チャオプラヤー川・ロッブリー川・パーサック川の3河川に囲まれた中洲の地形を活かした計画都市で、1991年に「古都アユタヤ」としてユネスコ世界遺産に登録されました。
アユタヤの歴史
王朝の隆盛
最盛期の17世紀にはロンドン・パリと並ぶ国際貿易都市として知られ、人口は約100万人に達したといわれており、日本・中国・ペルシャ・ポルトガル・オランダ・フランスなど世界各国の商人が居住していました。
1606年には徳川家康がアユタヤに使節を派遣し、山田長政(1590-1630年)が率いる日本人町が形成されたことは日本史の教科書でも知られています。
山田長政は1620年代にアユタヤ王ソンタム(在位1611-1628年)に仕え、六昆王(リゴール、現ナコンシータンマラート)の太守にまで昇進した伝説的人物です。
ビルマ軍による陥落
1767年4月、ビルマのコンバウン王朝の軍勢によってアユタヤは徹底的に破壊され、約400年続いた王朝は崩壊しました。
破壊を免れたタークシン王(1734-1782年)は、同年トンブリーに新たな首都を定め、後のチャクリー王朝(バンコク王朝)の礎を築きました。
歴史公園の主要遺跡
アユタヤ歴史公園(Ayutthaya Historical Park)は、旧市街中心部に点在する遺跡群を指し、タイ政府芸術局が1976年から本格的な修復事業を進めています。
ワット・マハータート
ワット・マハータート(Wat Mahathat、14世紀末建立)は、菩提樹の根に取り込まれた仏頭で世界的に有名な寺院で、1374年にボーロマラーチャーティラート1世(在位1370-1388年)により建立されました。
1767年のビルマ侵攻で破壊され、仏頭が地面に転がった後に菩提樹の成長により根に抱かれた形となり、写真撮影時には仏頭より頭を下げる姿勢で敬意を示すことがマナーとされています。
ワット・プラシーサンペット
ワット・プラシーサンペット(Wat Phra Si Sanphet)は、1448年にボーロマトライローカナート王(在位1448-1488年)が旧王宮跡に建立したアユタヤ王朝の王室寺院で、3基のセイロン式チェディ(仏塔)が並ぶ姿はアユタヤを象徴する風景です。
本堂にはかつて高さ16m・金250kgで覆われた立仏像プラシーサンペットが安置されていましたが、1767年の破壊時に溶かされて持ち去られました。
ワット・チャイワッタナーラーム
ワット・チャイワッタナーラーム(Wat Chaiwatthanaram、1630年建立)は、プラーサートトーン王(在位1629-1656年)が母の供養のため建立したクメール様式寺院で、チャオプラヤー川西岸に位置します。
中央の高さ35mのプラーンを8基の小プラーンが囲む伽藍配置は、宇宙観を表現したものとされ、夕日の時間帯には特に美しく映えます。
ワット・ロカヤスタ
ワット・ロカヤスタ(Wat Lokayasutharam)は、長さ42m・高さ8mの巨大な寝釈迦仏(プラブッダサイヤート)で知られ、黄色い袈裟が掛けられた姿はアユタヤの定番撮影スポットです。
日本人町と国際交流の歴史
日本人町跡
アユタヤの日本人町跡(Japanese Village、チャオプラヤー川東岸のバーンプー区)は、17世紀に最大1500人の日本人が居住したとされる地区で、現在は日タイ修好記念館が整備されています。
日タイ修好記念館(1987年開館、2007年にリニューアル)では、山田長政の生涯やアユタヤと日本の交流史が展示されており、日本語のパネル解説も充実しています。
ポルトガル村・オランダ商館跡
ポルトガル村跡(Portuguese Village)は、1511年のマラッカ陥落後にアユタヤへ移住したポルトガル人の居住地で、聖ドミニコ教会跡や遺骨が発掘された墓地遺構が残っています。
オランダ東インド会社(VOC)商館跡(1608年設立)のバーン・ホラント・ミュージアムでは、17世紀の貿易品や建築遺構を見学できます。
アユタヤ料理と名物
クンメーナム
クンメーナム(川エビの炭火焼き)は、アユタヤを流れるチャオプラヤー川水系で獲れる大型の川エビを豪快に炭火で焼いた郷土料理で、1匹500バーツから1000バーツの高級食材です。
バンパイ水上市場(Bang Pa-In、アユタヤから南に約20km)周辺や、アユタヤ市内のクンロン水上市場の食堂で本場の味を楽しめます。
ローティーサイマイ
ローティーサイマイ(綿菓子を薄い生地で包んだ伝統菓子)は、アユタヤ発祥の名物で、甘さ控えめの綿菓子とモチモチした薄焼き生地の組み合わせが絶品です。
街道沿いには20軒以上の専門店が並び、特にアエ・ローティーサイマイ(Ae Roti Sai Mai、1973年創業)は地元で最も人気のある老舗です。
郊外の見どころ
バンパイン宮殿
バンパイン宮殿(Bang Pa-In Royal Palace、アユタヤから南に約20km)は、1632年にプラサートトーン王が建設した王室離宮で、現王室も現在も公式行事で使用しています。
敷地内にはイタリア・ルネサンス様式のワロパート・ピマーン殿、中国様式のウェハート・チャムルーン殿(1889年建立)、タイ様式の水上離宮アイサワン・ティッパアート殿など、多様な建築様式が共存する独特の景観が広がります。
入場料は100バーツで、半袖短パン・ノースリーブでの入場は不可となっています。
ワット・ヤイチャイモンコン
ワット・ヤイチャイモンコン(Wat Yai Chaimongkhon、1357年建立)は、ラーマーティボーディー1世が建立した寺院で、1592年にナレースワン王(在位1590-1605年)がビルマとの象上戦闘で勝利した記念に高さ72mの仏塔を建立しました。
仏塔の内部は階段で登ることができ、アユタヤ歴史公園を一望する絶景が広がります。
アユタヤへのアクセス
バンコクからの交通手段
バンコクのフアランポーン駅(現在は主要長距離列車はクルンテープ・アピワット中央駅に移転、2023年1月運行開始)から北部線・東北線の列車で約1時間30分、運賃は15バーツからと非常に安価です。
バンコクのモーチットバスターミナル(北バスターミナル)からはミニバンと大型バスが頻発しており、所要時間は約1時間30分、運賃は60バーツから80バーツです。
チャオプラヤー川を遡るディナークルーズ付き日帰りツアー(ロイヤルプリンセス号、マノーラー号など)は、往復7時間から8時間かけて優雅な船旅を楽しめる人気プランです。
アユタヤ市内の移動
遺跡群は広範囲に点在するため、レンタル自転車(1日50バーツ)・レンタル電動バイク(1日250バーツ)・トゥクトゥクチャーター(1日1000-1500バーツ)・ソンテウチャーターなどが定番の移動手段です。
ゾウ乗り体験(アユタヤエレファント・パレス、旧市街中心部)は、歴史公園を象の背に乗って巡ることができる観光プログラムとして長年親しまれてきましたが、動物福祉の観点から2020年以降は利用を控える旅行者も増えています。
アユタヤ観光のベストシーズンとマナー
おすすめの時期
ベストシーズンは11月から2月の乾季で、日中の気温も30度前後と過ごしやすく、遺跡を歩き回るのに適しています。
3月から5月は猛暑となり、日中の気温は40度近くまで上昇するため、早朝と夕方の時間帯に観光を集中させる工夫が必要です。
9月から10月の雨季終盤には、チャオプラヤー川の水位上昇により遺跡の一部が冠水することがあり、2011年の大洪水ではワット・チャイワッタナーラームが完全に水没するという大被害を受けました。
ロイクラトン祭り
毎年11月の満月の夜に開催されるロイクラトン祭り(Loy Krathong)は、アユタヤ歴史公園のライトアップと相まって幻想的な雰囲気に包まれ、タイでも屈指の開催地として有名です。
服装と入場マナー
寺院遺跡への入場時は、肩と膝を覆う服装が求められ、短パン・ノースリーブ・ミニスカートでは入場できない遺跡が多くあります。
仏像や仏塔をバックに写真撮影する際、仏像より高い位置に立つことや足を仏像に向けて座ることはタイ仏教では重大な侮辱とみなされるため、必ずしゃがんで撮影するか立ち位置を工夫しましょう。
アユタヤで学ぶタイ史の重み
アユタヤを訪れるタイ語学習者にとって、歴史書や王朝年代記で読んだ地名や事件の舞台を実際に歩く体験は、机上の学習では得られない深い理解をもたらします。
各遺跡に設置された解説看板はタイ語と英語の併記が基本で、中級者以上の学習者は古語や歴史用語に触れる絶好の教材となります。
アユタヤ歴史学習センター(Ayutthaya Historical Study Centre、1990年開館、ロッチャナ通り)は、日本の外務省と国際交流基金の協力で建設された博物館で、王朝史と社会文化を学べる貴重な施設です。
日帰りか宿泊か
多くの旅行者はバンコクから日帰りで訪れますが、アユタヤ市内に宿泊するとライトアップされた夜の遺跡や早朝の静謐な雰囲気を独占でき、より深い歴史体験が可能です。
サラ・アユタヤ(Sala Ayutthaya、旧市街のウートーン通り9/2)は、チャオプラヤー川沿いに建つブティックホテルで、客室からワット・プッタイサワンを望める絶景宿として人気です。
夜間はフアポム・マーケット(アユタヤナイトマーケット、チャオプロム市場隣接)で屋台料理を楽しみ、タイ語で値段交渉をする実践的な語学練習の場としても最適です。


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