オランダ語の代名詞は、英語のような主格・目的格だけでなく、所有格、再帰、関係代名詞まで含めると意外に多様です。この記事では、日常会話で必須の代名詞体系を整理し、使い分けのコツを紹介します。
人称代名詞の主格と目的格
主格は ik, jij/je, u, hij, zij/ze, het, wij/we, jullie, zij/ze、目的格は mij/me, jou/je, u, hem, haar, het, ons, jullie, hen/hun/ze です。jij と je、zij と ze、wij と we の違いは強勢の有無で、強勢形 jij は対比で、弱勢形 je は通常の会話で使います。「Ik ga, jij niet」(私は行くけど、君は行かない) のように対比する場面では jij が選ばれます。
u の使い方
u は丁寧な2人称単数・複数で、英語の you より格式ばった印象です。初対面、年上、ビジネス相手には u を使うのが原則ですが、若い世代ではカジュアル化が進み、初対面でもすぐに je に切り替わる場面が増えました。Radboud Universiteit の Roeland van Hout (1952年生) による調査 (2018年) では、30歳未満の話者の70パーセントが店員や医師にも je を使うと回答しています。年配者や公式の場では u を保つのが無難です。
hen、hun、ze の使い分け
3人称複数の目的格は3つあります。hen は直接目的語、hun は間接目的語、ze は両方で使える万能形です。「Ik zie hen」(彼らを見る) = 直接、「Ik geef hun het boek」(彼らに本をあげる) = 間接。ただし hen と hun の区別は17世紀の文法家 Christiaen van Heule が人為的に導入した区別で、母語話者でも混同が多く、Nederlandse Taalunie は2005年に「ze を使うのが最も安全」と公式見解を出しています。
所有代名詞
基本形と強勢形
所有代名詞は mijn, jouw/je, uw, zijn, haar, ons/onze, jullie, hun です。ons と onze の使い分けは後ろの名詞の性で決まります。het 語の前は ons、de 語の前は onze です。たとえば「ons huis」(私たちの家、het 語)、「onze auto」(私たちの車、de 語) となります。形容詞と同じルールで、学習者が最初に出会う性の区別です。
die van と de mijne
所有代名詞の独立形は古風な de mijne, de jouwe, de zijne などもありますが、現代では die van mij, die van jou のような分析形のほうが一般的です。「Wiens boek is dit? Het is van mij」(これは誰の本? 私のです) のように、van + 目的格代名詞で所有を表します。
再帰代名詞
再帰代名詞は me, je, zich, zich, zich, ons, je, zich です。特筆すべきは3人称すべてが zich になることで、「Hij wast zich」(彼は体を洗う)、「Zij wassen zich」(彼らは体を洗う) のように使います。再帰動詞には zich vergissen (間違える)、zich herinneren (覚えている)、zich schamen (恥じる)、zich concentreren (集中する) などがあり、暗記必須です。Prisma の Werkwoordenboek には再帰動詞リストが独立してあるので、まとめて学習できます。
関係代名詞
die と dat
関係代名詞は先行詞の性で決まります。de 語 (男性・女性) には die、het 語 (中性) には dat を使います。「De man die daar staat」(あそこに立っている男性)、「Het boek dat ik lees」(私が読んでいる本)。英語の who/which に対応しますが、生物・無生物の区別ではなく名詞の性で決まる点が違います。
前置詞 + wie、waar + 前置詞
関係節に前置詞が絡むと形が複雑になります。人が対象なら「de man met wie ik praat」(私が話している男性) のように met wie を使えます。物が対象なら前置詞と waar を結合させ、「het boek waarin ik lees」(私が読んでいる本) のように waarin、waarover、waarmee などに変形します。この waar + 前置詞は分離することもでき、「het boek waar ik in lees」のように言えます。
指示代名詞
deze と dit (これ)、die と dat (それ、あれ) が基本で、de 語には deze / die、het 語には dit / dat を使います。「deze stoel」(この椅子、de 語)、「dit boek」(この本、het 語)、「die auto」(あの車、de 語)、「dat huis」(あの家、het 語)。英語の this/that より距離感が曖昧で、die と dat は単に「すでに話題になったもの」を指すことも多いです。
不定代名詞
iemand (誰か)、niemand (誰も〜ない)、iets (何か)、niets (何も〜ない)、elk (それぞれ)、ieder (各々)、alle (全て)、sommige (いくつかの)、weinig (少ない)、veel (多くの) など、不定代名詞も豊富です。men は英語の one や French の on に相当する総称主語で、「Men zegt dat…」(〜だと言われている) のように formal な文脈で使われます。会話では je や ze を代用することも多いです。
練習のすすめ
代名詞を定着させるには、Nederlands in gang の第3章から第5章の練習問題を一通り解き、さらに Anne Frank の日記を1ページずつ代名詞に印を付けながら読むのが効果的です。Dick Bruna (1927-2017) の「Nijntje」シリーズ (1955年第1作) は文章が短く代名詞も限られるので、幼児向けですが初学者にも最適な副教材になります。
疑問代名詞
wie、wat、welk
wie (誰)、wat (何)、welk (どの、het 語用)、welke (どの、de 語用) の4つが基本です。「Wie heeft dit geschreven?」(これは誰が書いた?)、「Wat doe je?」(何してるの?)、「Welke kleur vind je mooi?」(どの色が好き?)、「Welk boek lees je?」(どの本を読んでるの?) のように使います。welke は de 語と複数名詞、welk は het 語単数の前に置かれます。
前置詞との結合
物を指す wat は前置詞と結合して waar 形に変わります。「Waarover praten we?」(何について話している?)、「Waarmee schrijf je?」(何で書いてる?)。分離も可能で「Waar praten we over?」「Waar schrijf je mee?」のように口語では分離形のほうが自然に聞こえます。
古風な格変化の残滓
現代オランダ語は名詞・形容詞の格変化をほぼ失いましたが、成句表現や文学的な文体ではまだ痕跡が残ります。「ter ere van」(〜に敬意を表して)、「ten slotte」(最後に)、「te allen tijde」(常に)、「des morgens」(朝方に) などの固定表現は、かつての属格・与格の名残です。「Willem de Zwijger」(沈黙公ウィレム) のような王名にも古い語形が化石化しています。現代の散文を書くときには使いませんが、17世紀の Vondel (Joost van den Vondel, 1587-1679) の詩を読むと格変化が生きて登場します。
het の形式主語と虚辞用法
het は中性代名詞としてだけでなく、天候文や形式主語でも活躍します。「Het regent」(雨が降る)、「Het sneeuwt」(雪が降る)、「Het is koud」(寒い) は気象の定番で、主語は常に het です。また「Het is leuk om in Amsterdam te wonen」(アムステルダムに住むのは楽しい) のように、後続する不定詞句を受ける形式主語としても頻繁に登場します。この用法は英語の it と並行しており、英語話者には馴染みやすい構文です。
口語の ge と gij
ベルギー南部の Vlaanderen の一部方言や聖書のオランダ語 Statenvertaling (1637年初版) では、2人称単数に gij、その目的格に u、所有に uw を使います。教会や旧約聖書を原書で読むときに出会う語形で、現代オランダの日常会話では使われませんが、歴史文献に触れる学習者は知っておくと便利です。


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