ポルトガル語を学び始めて少し慣れてきたころに、多くの人が最初にぶつかる壁が動詞活用です。英語やオランダ語とは比べものにならないほど活用形が多く、主語に応じて語尾が細かく変わります。でも心配はいりません。-ar、-er、-ir の三つの規則動詞グループとよく使う不規則動詞を押さえるだけで、会話の8割以上は乗り切れます。この記事では、活用の全体像を俯瞰し、どこから手を付ければいいのかを整理します。
三つの規則動詞グループ
-ar型 falar「話す」
-ar で終わる動詞は規則動詞の中で最も数が多く、新出単語の7割前後を占めると言われます。代表格 falar(話す)の直説法現在は、eu falo、tu falas、ele/ela/você fala、nós falamos、vós falais、eles/elas/vocês falam という形になります。ブラジルでは vós はほぼ使われず、tu もサンパウロやリオでは você で代替されるため、実際に頻出するのは falo、fala、falamos、falam の四つです。
同じ型で活用する動詞には trabalhar(働く)、estudar(勉強する)、gostar(好む)、morar(住む)、comprar(買う)など、日常会話の基本動詞がそろっています。語尾を差し替えるだけで使えるので、表を一枚覚えれば一気に語彙が広がります。
-er型 comer「食べる」
-er 動詞は二番目に多いグループで、comer(食べる)がモデル動詞です。直説法現在は como、comes、come、comemos、comeis、comem となります。Beber(飲む)、aprender(学ぶ)、vender(売る)、escrever(書く)、entender(理解する)が同じ活用型で、学校ポルトガル語の教材では -ar グループと並んで一番最初に扱われます。
-ir型 partir「出発する」
-ir 動詞は数こそ少ないものの、重要な基本動詞が多く含まれます。partir(出発する)は parto、partes、parte、partimos、partis、partem と活用します。abrir(開ける)、decidir(決める)、dividir(分ける)、assistir(見る、出席する)が仲間です。注意すべきは一人称単数の形が -er と同じく -o で終わる点、そして nós の形が -imos になる点です。
避けて通れない重要不規則動詞
ser と estar 二つの「である」
ポルトガル語の最初の難関は、英語の be 動詞にあたる二種類の動詞 ser と estar の使い分けです。ser は永続的・本質的な性質に、estar は一時的な状態や位置に使います。Eu sou japonês.(私は日本人です/ser=変わらない属性)、Eu estou cansado.(私は疲れています/estar=その時の状態)のように区別します。
ser の現在形は sou、és、é、somos、sois、são。estar の現在形は estou、estás、está、estamos、estais、estão。両方とも一人称単数が -o ではなく、不規則の代表例なので早いうちに丸覚えがおすすめです。
ter と haver 「持つ」「ある」
ter(持つ)は英語の have に対応しますが、ブラジル口語では「ある、存在する」の意味でもよく使われます。Tem açúcar na mesa?(テーブルに砂糖はありますか)のような用法です。現在形は tenho、tens、tem、temos、tendes、têm で、一人称 tenho と三人称複数 têm のアクセント記号に注意しましょう。
一方、ヨーロッパ系や書き言葉では「ある」に haver がよく使われます。Há um problema.(問題がある)や Há dois anos.(二年前)のように、三人称単数形 há のみが事実上残っています。
ir と vir 「行く」と「来る」
ir(行く)は vou、vais、vai、vamos、ides、vão。未来表現 ir + 不定詞(Vou estudar hoje.=今日勉強するつもり)で毎日のように出てくる最重要動詞です。vir(来る)は venho、vens、vem、vimos、vindes、vêm と、同じく不規則。一人称 venho と三人称複数 vêm の屋根型アクセントは、よく試験に出るので要チェックです。
時制の全体地図
直説法の六時制
ポルトガル語の直説法(indicativo)には、現在(presente)、不完全過去(imperfeito)、完了過去(perfeito)、大過去(mais-que-perfeito)、未来(futuro do presente)、過去未来(futuro do pretérito、条件法に相当)の六つがあります。学習の優先順位としては、まず現在→完了過去→不完全過去→未来→過去未来→大過去の順がおすすめ。大過去は書き言葉でしか使われないため、最後に回して問題ありません。
接続法の三時制
次に待ち受けるのが接続法(subjuntivo)です。現在、不完全過去、未来の三時制があり、未来接続法はポルトガル語特有の形で、スペイン語学習者でも手こずります。Quando eu for ao Brasil(私がブラジルに行ったら)の for は ir の未来接続法一人称単数で、英語にも日本語にも直接対応する概念がないので、例文をまるごと覚えるのが近道です。
命令法・不定詞・分詞
命令法(imperativo)は、相手に頼んだり指示したりするときの形で、親称と敬称で使い分けがあります。ポルトガル語ならではの個人不定詞(infinitivo pessoal)は、不定詞に主語を合わせて語尾変化させる珍しい形で、é importante falarmos(私たちが話すことが大事だ)のように使います。現在分詞 -ando/-endo/-indo は estar と組み合わせて進行形(está falando=話している)を作ります。
ブラジルとポルトガルの違い
同じポルトガル語でも、ブラジル(約2億1500万人話者)とポルトガル(約1000万人)では活用実感にかなり差があります。ブラジルでは você が主流で tu は南部(リオ・グランデ・ド・スル州など)や北東部の一部を除いてほぼ消えました。ポルトガルでは tu と você、vocês を場面で使い分けます。結果として、話し言葉で覚えるべき活用形は、ブラジルなら一人称単数・三人称単数・一人称複数・三人称複数の四つ、ポルトガルならそれに tu 形を加えた五つです。
ポルトガルの EN(European Norm)とブラジルの BP(Brazilian Portuguese)の差は、1990年の正書法協定(Acordo Ortográfico)でかなり縮まりましたが、それでも microsoft の「microsoft em português」ページが Portugal と Brasil で別URL なのを見れば、実用上の差は依然として残っていることがわかります。教材を選ぶときには、自分が学ぶ地域を決めてから購入するのが鉄則です。
効率的な学習順序
まずは -ar、-er、-ir の現在形と、ser/estar、ter、ir、vir の不規則を完璧に暗記することから始めます。次に完了過去(falei、comi、parti)で「〜した」を使えるようにし、三か月以内に不完全過去(falava、comia、partia)を加えて過去の描写を可能にします。半年目で未来形と命令形、一年目で接続法現在へ進むのが、挫折しない定番ルートです。
活用表を眺めるだけではなかなか身につかないので、Anki(2006年リリース、Damien Elmes 作)や Duolingo(2011年創立、Luis von Ahn、ピッツバーグ)などのフラッシュカードで、主語と動詞のペアを毎日20分回すのが効果的です。書籍なら Modern Portuguese: A Reference Grammar(Mário A. Perini 著、2002年Yale University Press刊)が体系的で信頼できます。
まとめ
動詞活用の全体像を一度つかんでしまえば、あとは頻出動詞を手足のように使いこなす練習を積むだけです。焦らず、-ar 規則動詞と主要不規則動詞から、一日ひとつ確実に身に付けていきましょう。三か月後には、鏡の前でポルトガル語の独り言が自然に口をついて出るようになります。
最後にひとつ。ポルトガル語の動詞はやたら多く見えても、実は似た形のパターンの繰り返しです。たとえば ser の過去形 fui と ir の過去形 fui はまったく同じ形。文脈で判断するしかない例ですが、逆にいうと一つ覚えれば二つ使えるということでもあります。挫折しそうになったら、こういう「得した気分」のポイントを探して、自分の学習モチベーションにつなげてみてください。
よくあるつまずきポイント
学習者からよく聞く悩みの一つに、「活用は覚えたつもりでも、いざ話そうとすると出てこない」というものがあります。原因の多くは、活用表を見て暗記しただけで、実際の文の中で使う経験が不足していることにあります。筆者のおすすめは、一日一動詞を決めて、その動詞を使った例文を五つ自分で作る練習です。Eu falo japonês com meus amigos. のように主語と目的語を入れ替えるだけで、同じ動詞を別の場面で使う感覚が育ちます。
また、ポルトガル語の不規則動詞は全体の1割程度ですが、その1割が使用頻度上位を独占しています。ter、ser、estar、ir、vir、fazer、dizer、poder、querer、dar の十動詞を集中的に叩き込むだけで、会話の体感スピードが一気に上がります。


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