アムステルダム、ロッテルダム、古都ツアーを一通り終えたあとに、もう少しだけ時間があるなら、南の Noord-Brabant(北ブラバント)州と Zeeland(ゼーラント)州へ足を伸ばしてみましょう。カーニバルと画家ボスの故郷 s-Hertogenbosch、デザインと Philips の Eindhoven、そしてデルタ計画と海の風景が広がる Zeeland は、観光の王道から少しだけ外れた、語学学習に最適な深い旅先です。
s-Hertogenbosch(デン・ボス)とブラバントの中心
画家ヒエロニムス・ボスの生地
s-Hertogenbosch(通称 Den Bosch、人口約15万9千人)は1185年に設立された古都で、Noord-Brabant 州の州都です。画家 Hieronymus Bosch(本名 Jheronimus van Aken、1450年頃生-1516年没)はこの町で生まれ育ち、今も中央広場 Markt 29 の生家跡には小さな銘板があります。Noordbrabants Museum(Verwersstraat 41、1837年設立/2013年全面改装)とすぐ隣の Jheronimus Bosch Art Center(2007年開館、Jeroen Boschplein 2、Sint Jacobskerk 改装)は、ボスの全作品の原寸大複製を一堂に鑑賞できる貴重なスポットです。
Sint-Janskathedraal(聖ヤン大聖堂、1220年起工、現在の姿は15〜16世紀)は、オランダで最も壮麗なゴシック建築のひとつ。屋根に取り付けられた小さな石像(水道作業員や楽器を奏でる天使)は、遠くから双眼鏡で眺める楽しみ方があります。
Bossche Bol とカーニバル
町の名物はチョコレートで覆われた巨大シュークリーム Bossche Bol。Jan de Groot(1921年創業、Stationsweg 24)が発祥とされ、地元で最も愛されているバナックがたくさん並びます。2月のカーニバル期間中、町は Oeteldonk と改名され、赤白黄の旗と仮装行列で埋め尽くされます。
Eindhoven デザインと技術の都
Philips の町から世界のデザインハブへ
Eindhoven(アインドホーフェン、人口約24万人)は1891年にオランダで最も有名な電機メーカー Philips(創業者 Gerard Philips 1858-1942 と Frederik Philips 1830-1900 父子)が設立された町で、20世紀を通じて電球、ラジオ、テレビ、半導体の工場が街を支えてきました。2001年に本社機能がアムステルダムへ移ったあと、旧工場群は Strijp-S と Strijp-T という再開発地区に変貌し、現在はオランダ屈指のクリエイティブゾーンになっています。
Van Abbemuseum(1936年開館、Bilderdijklaan 10)は El Lissitzky や Piet Mondriaan のコレクションで知られる現代美術館で、Fritz Philips(1905-2005)の寄贈品が基礎になっています。Design Academy Eindhoven(1947年創立)の卒業展は毎年10月の Dutch Design Week(2005年開始、世界最大級のデザイン祭、35万人動員)の目玉で、街全体が展示会場になります。
PSV と Philips の記憶
Philips の記憶は Philips Museum(Emmasingel 31、2013年開館)で辿ることができます。世界初の電気かみそり Philishave(1939年発売)や初期のラジオ受信機、フィリップス・スタジアムで戦う PSV Eindhoven(1913年創立、Jan Louwers が結成した Philips Sport Vereniging)のユニフォームが並び、企業と町が一体で歩んできた歴史が体感できます。
Zeeland 海と堤防の物語
Middelburg と Vlissingen
Zeeland 州は、数多くの半島と島でできたオランダ南西部の州です。州都 Middelburg(ミデルブルフ、人口約4万9千人)は17世紀のオランダ東インド会社 VOC の拠点のひとつで、Abdij(アッベイ、1123年設立の旧修道院、現在は州政庁)と Lange Jan(1395年完成、90メートルの八角形塔)が町の象徴です。週末には毎週土曜の市場で地元産の Zeeuwse Bolus(スパイスを効かせた渦巻きパン)や Zeeuwse mosselen(ゼーラント産ムール貝、9月から春先が旬)を味わえます。
隣の Vlissingen(フリシンヘン、英語名 Flushing)は Michiel de Ruyter(1607年 Vlissingen 生-1676年 Syracuse 湾で戦死、オランダ最大の提督)の故郷で、港町の風が強い海岸通り Boulevard de Ruyter には彼の堂々とした銅像(1841年建立)が海を見つめて立っています。すぐ近くの muZEEum(2003年開館、Nieuwendijk 11)では海洋史と難破船の遺物を展示しています。
デルタ計画と Neeltje Jans
1953年2月1日、北海からの高潮で Zeeland と南ホラント州の堤防が決壊、1836人が犠牲になりました(Watersnoodramp)。これを受けて開始された Deltawerken(デルタ計画、1958-1997)は、世界最大級の治水事業です。最後に完成したのが Oosterscheldekering(1986年完成、全長約9キロの開閉式防潮堤)で、1997年には American Society of Civil Engineers が「現代の世界七不思議」の一つに選定しました。人工島 Neeltje Jans にある Deltapark Neeltje Jans(1986年開園)では、可動堰の内部と1953年の惨事を学ぶ展示が組み合わされ、旅行者の胸に深く残ります。
Watersnoodmuseum(2001年開館、Weg van de Buitenlandse Pers 5, Ouwerkerk)は、実際に決壊直後の堤防穴を塞ぐために沈められた4基のコンクリートケーソンを博物館化した場所で、オランダ人が水とどう折り合ってきたかを肌で理解できます。
Brabant と Zeeland で使えるフレーズ
カフェと食堂で
Den Bosch の菓子店では「Mag ik een Bossche Bol, alstublieft?(ボッセ・ボルを一つください)」が定番の注文。Zeeland でムール貝を食べるなら「Ik wil graag Zeeuwse mosselen, graag met witte wijn erbij.(ゼーラント産ムール貝と白ワインをお願いします)」と伝えると喜ばれます。Philips Museum の受付では「Heeft u een audiotour in het Engels?(英語のオーディオガイドはありますか)」と尋ねるとスムーズです。
カーニバル定番の一言
Den Bosch のカーニバル期間中は Alaaf!(アラーフ、南部カーニバルの掛け声)と叫ぶのが地元流。見知らぬ人に「Fijne carnaval!(よいカーニバルを)」と声を掛けるだけで一気に仲間になれます。アルコールを勧められて遠慮したいときは「Nee dank u, ik drink vanavond niet.(今夜は飲まないので結構です)」とはっきり伝えましょう。
モデルルート 週末三日間
一日目 アムステルダムから Intercity で Den Bosch へ(約1時間)。午前は Noordbrabants Museum と Jheronimus Bosch Art Center、午後は Sint-Janskathedraal と Bossche Bol。二日目 Sprinter で Eindhoven へ(約25分)。午前は Strijp-S と Van Abbemuseum、午後は Philips Museum と PSV スタジアム見学。三日目 早朝発で Middelburg へ(約2時間半、途中 Roosendaal 乗換)。午前は Abdij と Lange Jan、昼食は港でムール貝、午後は Neeltje Jans と Deltawerken でオランダ治水史のクライマックスを体感、夕方アムステルダムへ戻ります。
まとめ 南オランダは静かに深い
ブラバントとゼーラントは、賑やかな首都圏とは違うテンポで流れる南オランダを教えてくれます。ボスの絵画、Philips の革新、Deltawerken の知恵――この三つのキーワードを胸にオランダ語の勉強ノートを片手に旅すれば、歴史と未来と言語が一本の糸で繋がる感覚が味わえます。帰路の列車で、使った単語をそのまま書き出せば、ただの観光は忘れがたい学習体験に変わります。
関連記事
- 地方都市とオランダ語圏ベルギーを巡る|MaastrichtとKeukenhofからGentまで
- UtrechtとDen HaagとRotterdamをオランダ語で巡る|三都市それぞれの顔
- アムステルダムをオランダ語で歩く|Vondelparkから赤灯籠地区まで
ちょっとした寄り道のすすめ
Eindhoven から車で約30分の Best には、著名な現代美術家 Jan Schoonhoven(1914-1994 Delft 生まれ)の作品を所蔵する小さなギャラリーが点在し、モダンアートの収集家には穴場です。Zeeland の Domburg(ドンブルフ)は、1908年から1921年にかけて Piet Mondriaan(1872-1944)やJan Toorop(1858-1928)が度々訪れ、海岸の光を絵に変えた場所として知られています。現在は Marie Tak van Poortvliet Museum(2001年開館、Ooststraat 10a)がその芸術史をコンパクトに伝えています。
食の寄り道なら Tilburg 近郊の De Efteling(1952年開園、テーマパーク)に立ち寄るのも意外な楽しみで、オランダ語のおとぎ話世界を音と視覚で学べます。語学学習者にとっては、童話単語の宝庫です。


コメント