ジョグジャカルタ—ジャワ文化の首都を味わい尽くす
ジョグジャカルタ(通称Jogja)は人口約42万、特別州の州都で、今なおスルタンが統治する唯一のインドネシアの都市です。
ジャワ文化の魂、ガムラン、バティック、ワヤン、影絵人形、そして世界遺産の二大寺院ボロブドゥールとプランバナンを擁する、文化愛好家の聖地です。
この記事では、ジョグジャに行くなら絶対に外せない見どころと、語学学習者のための勘所をお届けします。
街の玄関口
Adisucipto空港(JOG)はジャカルタから1時間、バリから1時間15分で結ばれていますが、2019年に開港したYogyakarta International Airport(YIA、Kulon Progo)が段階的にメインへ移行しています。
YIAから市内まではKereta Bandara(空港鉄道)で約40分、Trans Jogjaバスやタクシーの選択肢もあります。
二大世界遺産を押さえる
Borobudur(ボロブドゥール)
8世紀後半から9世紀前半、シャイレーンドラ朝によって建設された世界最大級の仏教遺跡です。
1814年にThomas Stamford Raffles(1781-1826)の命で再発見され、1991年にユネスコ世界遺産に登録されました。
10層の壇、2672枚のレリーフ、504体の仏像が石積みで構成され、サンライズツアーで霧に浮かぶ寺院を見る体験は一生ものです。
2022年から保護のため上層登壇は予約制となり、価格は外国人大人US$25(2025年時点)です。
Prambanan(プランバナン)
9世紀、マタラム朝のRakai Pikatan王によって造営されたヒンドゥー寺院群で、高さ47mのシヴァ堂を中心に240の寺院群が並びます。
1991年にユネスコ世界遺産登録、1934年にオランダ人考古学者によって中央寺院が再建されました。
満月の夜に上演されるRamayana Ballet(1961年開始、毎年5-10月)は、野外劇場でガムランと踊りが一体となるインドネシア芸術の最高峰です。
プランバナンの北にはチャンディ・セウ(Candi Sewu、8世紀、仏教寺院)、南にはRatu Boko宮殿遺跡もあり、半日たっぷり楽しめます。
街の中心—Kratonとマリオボロ
Kraton Yogyakarta
1755年にスルタン・ハメンクブウォノ1世によって建設された王宮Kratonは、今もハメンクブウォノ10世(1946年生、現スルタン、DIY州知事)が居住しています。
ジャワ宇宙観を反映した幾何学的な配置、壁の色、衣装、楽器までがすべて象徴的な意味を持ち、ガイド付きツアーでは象徴論理から日々の儀礼まで解説してもらえます。
入場料は外国人15000Rp、撮影料別途10000Rpというリーズナブルさです。
Taman Sari(水の宮殿)
1758年に建設された王族のための沐浴場Taman Sariは、水路、地下トンネル、秘密のモスクを持つ独特の建築群で、写真映えスポットとしても人気です。
近隣のKampung Taman(地元住民の集落)ではバティック工房や絵描きのアトリエが点在しており、気軽にワークショップに参加できます。
Malioboro通り
ジョグジャの目抜き通りMalioboroは、北のTugu駅から南のKraton方向へ約2km伸びるショッピングと食のメッカです。
Batik Hamzah(1980年代創業)、Mirota Batik(現Hamzah Batik、1975年創業)でバティックの基本を見立て、屋台のGudeg(若ジャックフルーツの甘辛煮込み)を食べ歩けば、半日で街の空気が体に入ります。
夜はLesehan(路上座り食)が登場し、ワヤン・クリット(影絵)、ストリートミュージシャンと一緒にジョグジャの夜が更けていきます。
ジョグジャの食文化
Gudeg—ジョグジャの魂
Gudegはジョグジャ発祥の名物料理で、若いジャックフルーツ(nangka muda)をココナツミルクとパーム糖で何時間も煮込んだ甘い煮物です。
Gudeg Yu Djum(1950年代創業、Wijilan地区)、Gudeg Pawon(1958年創業、深夜営業)、Gudeg Bu Tjitro(1925年創業)はそれぞれ味の違いがあり、食べ比べが楽しいです。
その他の郷土料理
Bakmi Jawa(ジャワ式麺、Bakmi Mbah Gito 1970年代創業が有名)、Sate Klathak(ヤギ串、Jejeran地区)、Nasi Kucing(「ネコご飯」と呼ばれる小盛り飯、Angkringan文化)、Kopi Joss(炭を入れたコーヒー、Tugu駅前のAngkringan Lik Man 1960年代創業)がジョグジャならではの定番です。
芸術とクラフトの本場
バティックを学ぶ
ジョグジャ・スタイルのバティックは伝統的なsoga brown(茶褐色)と藍色の配色が特徴です。
1977年創業のBatik Plentong、1967年創業のBatik Winotosastroでは工房見学とワークショップが可能で、チャンティン(蝋描き筆)を使った3時間体験で自分だけの一枚を仕上げられます。
2009年にユネスコ無形文化遺産に登録されたことで、保存と創造の両輪が活性化しています。
ワヤン・クリット(影絵)
皮で作った人形を光の後ろで操り、マハーバーラタやラーマーヤナの物語を上演するワヤンは、2003年にユネスコ無形文化遺産に登録された芸能です。
Sonobudoyo博物館(1935年開館、Kraton北側)では毎晩20:00から2時間のワヤン公演があり、観光客向けに短縮版ながら本格的なダラン(人形使い)の語りを楽しめます。
ガレリー・美術館めぐり
Affandi Museum(1974年開館、画家Affandi 1907-1990の邸宅美術館)は表現主義の巨匠アファンディの絵画数百点を擁する必見スポットです。
OHD Museum(2012年開館、収集家Oei Hong Djien 1939年生、Magelang)、Jogja National Museum、Taman Budaya Yogyakartaも現代インドネシア美術を追うには外せません。
周辺エリアへの足を伸ばす
Merapi山
ジョグジャ北方に聳える活火山Merapi山(標高2930m)は、直近では2010年、2021年、2023年に大噴火を起こした世界有数の活火山です。
麓のKaliurangからはジープツアー(通称Lava Tour、4時間400000Rp前後)で、噴火の痕跡と避難民の記念館Museum Sisa Hartaku(2010年設立)を訪れます。
自然の脅威と人々のしなやかな日常が共存する様を、身をもって体感できる場所です。
南海岸のビーチ
Parangtritis(ジョグジャから約27km、女神Nyi Roro Kidul伝説の舞台)、Indrayanti、Pok Tunggal、Timangといった南岸のビーチは、荒々しいインド洋の波が印象的です。
特にTimangは2人乗り竹籠ゴンドラで岩場を渡る体験がインスタ映えと恐怖の両方を提供してくれます。
KotagedeとImogiri
16世紀の旧マタラム王国の首都Kotagedeは銀細工の里で、HS Silver(1953年創業)、Ansor Silver(1970年代創業)、Borobudur Silver(1972年創業)の工房を見学できます。
Imogiriにはマタラム王家の墓所(1632年建立)があり、ジャワの精神文化の深さを感じられます。
語学学習者のためのジョグジャ
ジョグジャには有名な語学学校が集中しています。
Wisma Bahasa(1982年創業、Jl. Affandi、Wisma Sudarjo Pujayantoさんが創設)はインドネシア語教育の老舗で、Peace Corpsや外国人研究者御用達です。
Realia Language School(1997年創業、Jl. Prawirotaman)、Alam Bahasa Indonesia(1991年創業、Jl. Kaliurang)も評判が高く、1週間から数か月の集中プログラムを選べます。
大学都市でもあり、Universitas Gadjah Mada(1949年創設、インドネシア最古の国立大学)、Universitas Negeri Yogyakarta(1964年)、Universitas Islam Indonesia(1945年)では短期留学生向けのBIPA(Bahasa Indonesia bagi Penutur Asing)プログラムも提供されています。
ジョグジャは物価が安く、ワルンや市場で1食20000-40000Rp程度という生活しやすさも語学留学先としての魅力です。
スルタンが統治するジョグジャは、インドネシアでもっともジャワらしくてインドネシアらしい街です。
ボロブドゥールの石に刻まれた仏教宇宙論から、角地のangkringangで飲む炭入りコーヒーまで、時間軸がふわりと伸び縮みするこの街に、ぜひ一週間滞在してみてください。
祭りと年中行事
Sekaten(毎年ムハンマド生誕月、ジャワ暦)はKraton前広場で一週間続くお祭りで、Keraton秘蔵のガムランセットGamelan Sekatiが特別に演奏されます。
Grebeg Mulud、Grebeg Syawal、Grebeg Besarの三大Grebeg儀礼では、米とお菓子で作られた円錐山車Gununganが王宮から市内を練り歩き、観衆が縁起物として奪い合う祭りが見られます。
Ngayogjazz(2007年開始、毎年11月)はジャワの村でジャズを聴く変わり種フェスで、スラマ・クシャラ1946-2014が名前を残しています。


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