クロアチア語の文法書は日本語では入手困難で、本気で学びたい学習者はどうしても英語圏の教材に頼ることになります。
幸い、クロアチア語は英語圏でも一定の需要があり、Routledge社やTeach Yourself社、さらにはザグレブ大学付属のCroaticumが質の高い文法教材を刊行しています。
この記事では、中上級を目指す学習者が長く付き合える文法書を、レベル別と目的別に紹介します。
まず押さえるべき入門文法書
入門段階での選択を間違えると、半年後の挫折率がぐっと上がります。以下の三冊は世界標準と言えるラインナップです。
Colloquial Croatian(Routledge, 2003)
Celia HawkesworthとIvana Jović-Lewington共著のRoutledge社《Colloquial》シリーズ。
全15章構成で、各章が会話・語彙・文法解説・練習問題の四部構成になっています。
CEFR A1からB1まで一冊でカバーしており、音声CDまたは無料ダウンロード音源が付属するのも大きな魅力です。
Hawkesworthはロンドン大学SSEESの旧ユーゴ研究の重鎮で、クロアチア文学翻訳でも定評があります。
Teach Yourself Croatian(Hodder Education, 2003)
同じくHawkesworth単著のもう一冊の金字塔。
Colloquial版より文学的な文例が多く、ザグレブの日常風景を背景に会話が進行します。
日本のAmazonでも新品・中古で入手可能で、価格は3000〜5000円前後。
Beginner’s Croatian(Hippocrene Books, 2009)
Aida Vidanによる薄めの入門書で、約250ページに基礎を凝縮しています。
独学向けに練習問題の解答が巻末にまとまっており、ペースメーカーとして優秀。
中級以降に効く体系的文法書
基礎を終えたら、参照用として一冊持っておきたい本格的な文法書が二種類あります。
A Student’s Grammar of the Croatian Language(Ronelle Alexander著, Wisconsin University Press, 2006)
カリフォルニア大学バークレー校のRonelle Alexander(1942-2023)教授による記述文法で、クロアチア語・セルビア語・ボスニア語の差異を併せて解説する大著。
全460ページ超で、格変化表・動詞アスペクトの全体像・文法用語索引が充実しており、辞書的に引く本として最強です。
学術価格で7000〜10000円と高価ですが、一生ものです。
Croatian: A Comprehensive Grammar(Routledge, 2021)
Wayles BrowneとTheresa Alt、Mijo Lončarić共著。
Alexanderより新しく、2020年代のコーパスに基づく記述が加わっています。
特に文体論・談話標識・前置詞の細部解説が詳しく、翻訳学習者に向いています。
アスペクトと格変化に特化した参考書
Croatian Verb Aspect(書籍ではなくCroaticum配布教材)
ザグレブ大学Croaticumが配布する教材シリーズの中に、動詞アスペクト解説の小冊子があります。
配布はオンライン講座受講者向けですが、中上級の壁を越えるための必読書として知られています。
Gramatika hrvatskoga jezika(Eugenija Barić他, Školska knjiga)
クロアチア国内で中高生が使う標準的な文法書。全編クロアチア語なので上級者向けですが、ネイティブと同じ参照書を持つ満足感は別格です。
ザグレブの大手書店Algoritamやオンライン書店Hoću knjiguから購入可能で、価格は180〜250クーナ(2023年時点、現在はユーロ)。
Hrvatski u javnoj upotrebi(Nives Opačić, Hrvatska sveučilišna naklada)
公用語としてのクロアチア語の語彙・表現を扱う実用書。
ビジネス・行政・報道で使われる語彙が整理されており、C1を目指す学習者に最適です。
辞書との組み合わせが効く
文法書単体では意味が拾えないので、辞書と並行して使う前提で選びましょう。
Veliki hrvatsko-engleski rječnik(Željko Bujas, Nakladni zavod Globus)
クロアチア語-英語大辞典の定番。収録語数約10万語で、1999年初版以降何度も改訂されています。
ハードカバーで5000円程度と高価ですが、中上級学習者の机の横に置いておきたい一冊。
Hrvatski jezični portal(hjp.znanje.hr、無料オンライン辞書)
ザグレブ大学言語学研究所と出版社Znanjeが共同運営する公式オンライン辞書で、無料で使えます。
語彙の語源・用法・フレーズ例が充実しており、上級者もまずここを引く習慣をつけると語感が磨かれます。
Glosbeとクロアチア語
Glosbeは多言語のユーザー投稿型辞書で、クロアチア語-日本語の項目も少ないながら存在します。
公式辞書と併用し、日本語での理解を補助する役割で使うと便利。
学習書の組み合わせ例
具体的にどう組み合わせるか、目的別に二つの例を紹介します。
旅行会話目的(6ヶ月プラン)
メインはColloquial Croatian、辞書はHJPオンライン、補助としてDrops。
6ヶ月で基礎を一周し、最後の一ヶ月にSvećenikova djecaなど入門向け映画を観て文化を吸収。
学術・翻訳目的(2年プラン)
入門期はColloquial Croatian+Teach Yourself Croatianの二冊並行、中級でRonelle Alexanderの大著と、最終的にCroaticum対面集中コース。
辞書はBujas大辞典、補助にHJPとGlosbe、読解教材にMiroslav Krležaの短編。
書籍の入手ルート
日本国内で入手が難しい本ほど、購入ルートを知っていると時短になります。
Amazon.co.jp / Amazon.com
Routledge系とTeach Yourself系は、日本のAmazonでもほぼ在庫があります。
品切れの場合は米国Amazonで購入すると、送料込みで1週間程度で届きます。
Book Depositoryの代替
2023年にBook Depositoryが閉鎖されたため、送料無料で洋書を買う手段としてはBlackwell’s(英国)やAwesome Books(英国)が新たな定番になっています。
Routledgeの専門書はBlackwell’sが強く、クロアチア語関連書も豊富に揃います。
クロアチアからの直接輸入
クロアチア語のみの文法書(Barić他のGramatikaなど)は、Hoću knjigu(www.hocuknjigu.hr)やAlgoritam.netからの輸入が王道です。
国際送料は20〜40ユーロ程度ですが、本国価格は日本の半額以下なので、5冊まとめ買いすると結果的に安上がりになります。
大学図書館
東京外国語大学、京都大学、北海道大学などのスラヴ系研究室にはクロアチア語の文法書がまとまって所蔵されています。
国立国会図書館の遠隔複写サービスを使えば、特定章の複写を自宅から請求することも可能です。
長続きする付き合い方
文法書は「一冊を完走する」より「一生参照し続ける」ものだと割り切ると、心が軽くなります。
机の上にColloquial Croatian、カバンにBeginner’s Croatian、ブラウザのブックマークにHJP――この三つの導線が確保できていれば、学習が途絶えません。
迷ったら、まずColloquial Croatianの一章を読んで、HJPで気になる単語を一つ調べる。そこから始めるだけで、今日の学習はもう始まっています。
文法書選びで挫折しないために
教材選びに時間をかけすぎて学習が始まらない、という本末転倒な挫折パターンを避けるコツを共有します。
「完璧な一冊」は存在しない
どの教材にも長所と短所があり、複数を並行させたほうが偏りが減ります。
一冊目で迷ったら、装丁でも表紙の色でもいいので直感で選んで、とにかく第一章を開くことが一番の正解です。
メモは教材の余白に直接書く
別ノートに写経すると時間を取られるので、Colloquial Croatianの余白に直接メモ・蛍光ペン・付箋を貼る運用が効率的です。
2年後にその本を開いたとき、自分の学習史がそのまま刻まれていることに気づいて嬉しくなります。
月末レビューの習慣
月末に「今月読めた章」「理解できた文法項目」「つまずいた箇所」を3行ずつ書き出すと、次月の計画が勝手に定まります。
スラック、Notion、紙のノート、どこに書いてもかまいません。継続できる場所が最適解です。
最後に――本は会話の設計図
文法書は無味乾燥に見えて、実は「どんな会話をしたいか」の設計図です。
格変化も動詞アスペクトも、ザグレブのカフェでコーヒーを頼む一言のために存在しています。
今日開いた一ページの練習問題が、半年後のあなたの旅を何倍も豊かにしてくれると信じて、静かに歩みを進めましょう。
一冊を決めたら、もう迷わず開きましょう。
ページは必ずあなたを待っていてくれます。


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