広東語の声調入門|九声六調の「9」と「6」の違いと、粤拼の読み方を最初に固める

広東語

広東語には声調が9つある、という説明を見て身構えた人向けに、最初に結論を書きます。

9は分類の数です。実際に耳で区別する高さの型は6つしかありません。

残る3つは -p・-t・-k で終わる音節にだけ現れ、高さは第1声・第3声・第6声とまったく同じです。だから粤拼(Jyutping)は1から6までの番号しか使いません。

この記事は、声調と粤拼という「体系」を固める回です。口の動かし方や聞き取りの訓練は発音の記事に分けてあります。

なお本文のカタカナは近似表記です。広東語の音をカタカナで正確に写すことはできないので、見当をつけるための補助として見てください。

結論:広東語で覚える声調は6つ

「九声六調(きゅうせいろくちょう)」という言い方の、9と6の中身を先に開きます。

9は声類、つまり分類の数です。中古漢語の四声(平・上・去・入)が、語頭の子音の清濁によって陰と陽に分裂し、8つになりました。

さらに入声の陰の側が母音の長短で2つに割れ、合計9つになります。

6は実際のピッチの型の数です。五度標記で書くと 55(または53)/35/33/21(または11)/13/22 の6種類しかありません。

9つの声類が粤拼の1〜6にどう畳み込まれるかを、先に一覧にします。

伝統的な声類 粤拼の番号 現れる音節
陰平 1 制限なし
陰上 2 制限なし
陰去 3 制限なし
陽平 4 制限なし
陽上 5 制限なし
陽去 6 制限なし
上陰入 1 -p・-t・-k で終わる音節だけ
下陰入 3 -p・-t・-k で終わる音節だけ
陽入 6 -p・-t・-k で終わる音節だけ

下の3つは、閉じた音節にしか現れません。上の6つのうち第1声・第3声・第6声は、閉じていない音節にも現れます。

つまり両者は出る場所が重ならず、高さだけを共有しています。新しい高さを覚える必要がないので、粤拼は番号を増やさなかったのです。

普通話の四声に対して6つ、増えるのは実質2つ分です。「9声だから倍以上難しい」は、数の読み違えにすぎません。

ただし別種の難しさは正直に予告しておきます。低い音域に第4声・第5声・第6声の3つが固まっていて、日本語話者にはここの聞き分けが効きにくいのです。

その対処は実際に声を出す話になるので、発音の記事の担当にしてあります。

比較の土台になる普通話の四声そのものは、中国語の漢字と声調の記事にまとめてあります。

粤拼(Jyutping)の仕組み|声母・韻母・声調番号の3層

声調の中身に入る前に、それを書き表す器を固めます。

粤拼は香港言語学学会が1993年に定めたローマ字表記で、音節を「声母(頭の子音)+韻母(残り)+声調番号」の3層で書きます。

si1 なら s が声母、i が韻母、1 が声調番号です。

数字は必ず音節の末尾に付くので、音節の切れ目の目印にもなります。廣東話 gwong2 dung1 waa2 は数字が3つあるので3音節だ、と読めるわけです。

本サイトでは声調を数字で示し、記号を使う書き方はしません。

母音を含まない音節にも番号は付きます。唔 m4(〜でない)と 五 ng5(5)は子音だけで一語になり、それぞれ第4声・第5声を担います。

イェール式との違いは、この記事で一度だけ触れる

教材やカラオケの字幕で、gwóngdūngwá のように記号と h を使って声調を示す書き方を見かけることがあります。

これはイェール式という別の表記です。

現在の辞書・教材・入力法は粤拼が主流なので、本記事では以降すべて粤拼に統一します。

対応表は作りません。2つの体系を並べて覚えると、かえって番号が頭に入らなくなるからです。

普通話拼音との最大の違いは韻尾が6種類あること

韻母の終わり方、つまり韻尾の種類が、粤拼と普通話拼音では大きく違います。

粤拼の韻尾は -p / -t / -k / -m / -n / -ng の6種類です。

普通話拼音には -n と -ng の2種類しかありません。

この差が声調の数に直結します。-p・-t・-k で終わる音節があるからこそ入声という枠が立ち、声類が9つに数えられるのです。

各韻尾を実際にどう出すかは発音の記事に譲ります。ここでは体系の骨組みとして、6種類あるという事実だけを押さえてください。

音・語彙・文字・文法をまたいだ普通話との違い全体は、広東語と北京語は何が違うのかの記事で扱っています。

6つの調値を1枚の表で押さえる

si という音節は6つの声調すべてに実在の字があるので、比べるのに向いています。

調値の欄の2桁の数字は五度標記です。声の高さを1(最低)から5(最高)の5段階に分け、始まりと終わりを並べて書きます。

声調番号 調値 伝統的な名称 例字と粤拼 高さの説明
1 55(または53) 陰平 詩 si1 シー 高いところで平らに、または高いところから軽く下げる
2 35 陰上 史 si2 シー 中くらいの高さから上げる
3 33 陰去 試 si3 シー 中くらいの高さで平らに
4 21(または11) 陽平 時 si4 シー 低いところで平らか、さらに下げる
5 13 陽上 市 si5 シー 低いところから中くらいまで上げる
6 22 陽去 事 si6 シー 低めの高さで平らに

カタカナがすべて「シー」になる点に注目してください。6つの違いは高さだけで、カタカナには写せません。

第1声には55と53の2つの実現があります。古い記述ではこれを別の声調として数えて7調とする流儀もありましたが、現在の香港の広東語では合流しています。

実際に使う語で並べ直すと、こうなります。上から第1声、第2声と順に下りていく並びです。

広東語 粤拼+カタカナ 日本語訳
saam1 サーム 3
tai2 タイ 見る
si3 シー 試す
m4 ン 〜でない
ngo5 ンゴー わたし
hai6 ハイ 〜である

まず区別すべき2組は「2と5」「3と6」

6つを均等に覚えようとすると、たいてい途中で崩れます。混同しやすい組から潰すほうが速いです。

第2声(35)と第5声(13)は、どちらも上がる型です。違いは出発点の高さだけで、第2声は中くらいから、第5声は低いところから上がります。

第3声(33)と第6声(22)は、どちらも平らな型です。違いは音域だけで、第3声のほうが少し高い位置にあります。

ここまで来ると、広東語の声調が「動き」と「音域」の掛け算で整理できることが見えてきます。

動き 高い音域(陰) 低い音域(陽)
平ら 第1声 55(高く平ら)/第3声 33(中くらいで平ら) 第6声 22(低めで平ら)
上がる 第2声 35(中から高へ) 第5声 13(低から中へ)
下がる 第1声の53という実現 第4声 21(低いところでさらに下げる)

普通話の第3声のように、いったん低く沈んでから戻る型は広東語にありません。

四声のピッチをそのまま当てはめると通じなくなるので、番号どうしを対応づけようとしないほうが安全です。

普通話の音の全体像は中国語の発音ガイドにあります。

六声を通しで音読する順番

詩 si1 → 史 si2 → 試 si3 → 時 si4 → 市 si5 → 事 si6 の6語を一続きで読む練習が定番です。

この並びには意味があります。1→2→3で高い音域(陰)を、4→5→6で低い音域(陽)を通るようになっているからです。

前半から後半に移るところで、声全体をひとつ下の棚に置き直す感覚がつかめれば、6つの位置関係が体系として入ります。

実際の口の使い方や、録音して自分で確かめる手順は発音の記事の担当です。ここでは体系を口で確認する順番として押さえてください。

9声のうち残る3つ|入声(-p・-t・-k)はなぜ別枠なのか

入声が別枠になる理由は3つあります。

  • -p・-t・-k で閉じた音節にしか現れない
  • 高さは第1声・第3声・第6声とまったく同じ
  • したがって現れる環境が重ならず、新しい高さを覚える必要がない

伝統的な名前は上陰入・下陰入・陽入で、これが9つの声類のうちの3つです。

言い換えると、9声のうち3つは覚えるべき新しい音ではなく、環境で決まる呼び名です。

だから粤拼は、入声の音節にも 一 jat1、八 baat3、日 jat6 のように、ふつうの1・3・6をそのまま使います。

カタカナでは ヤッ(ト)/バーッ(ト)/ヤッ(ト)と書きます。括弧の中は「その形で口を閉じるが、開放して母音を足さない」という意味です。

小さい「ッ」のあとに母音まで足して2拍で読んでしまうと、音節が1つ増えて別の音になります。

入声の声調は推測できる|まず陽入か、次に母音の長短

入声の3つは新しい高さではない、と書きました。では目の前の字がどれになるのかというと、これはかなりの精度で推測できます。

順番が大事で、2段階に分けて考えます。

第1段階は、その字が陽入(第6声)かどうかの判定です。中古漢語で濁音、または鼻音・流音で始まっていた字が陽入に入ります。

日本語の音読みが目印になります。頭がガ・ザ・ダ・バ行で濁る字と、マ・ナ・ラ行で始まる字が、これに当たります。

學はガク、十はジュウ、月はゲツで濁ります。日はニチ、六はロクで、それぞれナ行とラ行です。

いずれも第6声になります。

第2段階は、第6声でない字の振り分けです。母音が短ければ第1声、長ければ第3声になります。

音読みからは母音の長短が分からないので、こちらは粤拼の綴りを見て判断します。

母音の長さ 粤拼の韻母
短い(→第1声) -ap・-at・-ak・-ik・-uk・-eot 急 gap1、一 jat1、北 bak1、竹 zuk1、出 ceot1
長い(→第3声) -aap・-aat・-aak・-ip・-it・-ek・-ok・-oek・-ut・-yut 答 daap3、八 baat3、百 baak3、接 zip3、節 zit3、尺 cek3、國 gwok3、腳 goek3

粤拼では a と aa が別の母音です。a が短く aa が長い、という対応がそのまま第1声と第3声の分かれ目になります。

2段階の規則を実際の字に当てはめると、次のようになります。

漢字 粤拼+カタカナ 日本語の音読み どの規則で決まるか
hok6 ホッ(ク) ガク 音読みがガ行で濁る → 第6声
sap6 サッ(プ) ジュウ 音読みがザ行で濁る → 第6声
jyut6 ユッ(ト) ゲツ 音読みがガ行で濁る → 第6声
baak6 バーッ(ク) ハク・ビャク 呉音ビャクが濁る → 第6声
sik6 セッ(ク) ショク・ジキ 呉音ジキが濁る → 第6声
jat6 ヤッ(ト) ニチ・ジツ ナ行で始まる → 第6声
luk6 ロッ(ク) ロク ラ行で始まる → 第6声
bak1 バッ(ク) ホク 濁らない+短母音 → 第1声
jat1 ヤッ(ト) イチ・イツ 濁らない+短母音 → 第1声
cat1 チャッ(ト) シチ・シツ 濁らない+短母音 → 第1声
gap1 ガッ(プ) キュウ 濁らない+短母音 → 第1声
gwat1 グァッ(ト) コツ 濁らない+短母音 → 第1声
zuk1 ジュッ(ク) チク 濁らない+短母音 → 第1声
baat3 バーッ(ト) ハチ・ハツ 濁らない+長母音 → 第3声
daap3 ダーッ(プ) トウ 濁らない+長母音 → 第3声
faat3 ファーッ(ト) ホウ 濁らない+長母音 → 第3声
haak3 ハーッ(ク) カク・キャク 濁らない+長母音 → 第3声
gwok3 グォッ(ク) コク 濁らない+長母音 → 第3声
baak3 バーッ(ク) ヒャク・ハク 濁らない+長母音 → 第3声

規則の効き目が見えるのは、北 bak1 と 百 baak3 の組です。どちらも音読みは濁らず、母音の長短だけで第1声と第3声に分かれています。

一 jat1 と 八 baat3 も同じ関係で、短いほうが第1声、長いほうが第3声です。

百 baak3 と 白 baak6 は粤拼の綴りが同じで、声調だけが違います。

白は呉音でビャクと濁るので第6声、百は濁らず母音が長いので第3声、という分かれ方です。

ただしこの規則は、おおむね当たるという程度のものです。

たとえば 活 wut6 は、音読みがカツで濁らないのに第6声になります。中古漢語では濁音で始まっていた字で、日本語側で濁りが失われたためです。

それでも、初見の入声字の声調に当たりをつける道具としては十分実用になります。

陰と陽|声調が高い組と低い組に分かれている理由

粤拼の1〜6は、番号順に高さが下がるわけではありません。1・2・3が高い音域、4・5・6が低い音域という2つの組に分かれています。

この並びは偶然ではなく、声調の生まれ方の名残です。

声調は言語に最初からあったものではなく、後から生まれました。音節の終わりにあった喉の音が消え、その痕跡が高さの型として残ったのが始まりです。

次に、語頭の子音の有声・無声の区別が消えました。その痕跡が、それぞれの声調を高い組(陰)と低い組(陽)に二分したのです。

詩 si1(陰平)と 時 si4(陽平)の高低差、百 baak3(陰入)と 白 baak6(陽入)の高低差は、どちらもこの二分の産物です。

日本語の音読みで濁る字が第6声に来やすい理由も、ここにあります。日本語も広東語も、同じ中古漢語の清濁の区別を別々の形で保存しているからです。

この発生の仕組みと、同じ型の変化が別系統のベトナム語でも起きたことは、広東語と東南アジアの言語をまとめた記事で詳しく扱っています。

先に釘を刺しておくと、ベトナム語はオーストロアジア語族(南アジア語族)で、シナ語派の広東語とは系統がまったく別です。

似た変化が同じ地域で並行して起きただけで、親戚だから似ているのではありません。

声調の数だけ比べても意味がない|普通話・ベトナム語・タイ語と並べる

「広東語もベトナム語も6声調だから似ている」という言い方をときどき見かけます。

数だけを並べると、この種の短絡が起きます。何で区別しているかを一緒に見ないと、比較にならないのです。

言語 弁別する声調の数 声調を作っている主な要素 備考
広東語 6(分類上は9) 高さ(ピッチ)が中心 -p・-t・-k で終わる音節には3種類の声調が現れる
普通話 4+軽声 高さと動きの形 -p・-t・-k はすべて失われ、入声だった字は四声に散らばった
ベトナム語(北部・ハノイ) 6 高さに加えて、声の質(きしみ声・声門の締まり)も区別に関わる 南部では hỏi と ngã が合流して5つ。-p・-t・-c・-ch で終わる音節には2種類しか立たない
タイ語 5 高さが中心 詳しくは別記事

広東語とベトナム語は、数こそ同じ6でも作りが違います。広東語は基本的に高さだけで区別し、ベトナム語は声の質そのものが区別に関わります。

入声の音節に立つ声調の数も違い、広東語は3種類、ベトナム語は2種類です。

なお入声の字にかぎれば、広東語の声調とベトナム語の漢字音の声調にはほぼ例外のない対応があります。ただし平声では崩れるので、声調体系そのものが一致しているわけではありません。

ベトナム語の声調はベトナム語の文字と声調の記事発音とリスニングの記事で扱っています。

高さで区別する別系統の言語として、5声調のタイ語の声調も並べて聞くと、数の多い少ないが難易度の指標にならないことが実感できます。

教科書どおりに聞こえない理由|變調と、香港で進む声調の合流

6つを覚えたのに実際の音と合わない、という壁が次に来ます。理由は大きく2つです。

1つめは變調(へんちょう)です。広東語には、語によって本来の声調が高く平らな型や高く上がる型に変わる現象があり、これは生きた仕組みとして働いています。

たとえば「いくらですか」の 幾多錢 gei2 do1 cin4 は、口語では最後が cin2 に變調します。

本サイトでは辞書の見出しと揃えるため、粤拼は本調、つまり變調する前の形で書きます。

2つめは、香港の若い世代で進んでいる合流です。

第2声と第5声、第4声と第6声の部分的な合流に加えて、語頭の n- と l-、ng- とゼロ声母の合流が報告されています。

つまり、6調が全話者で安定しているとまでは言えません。

学習者としては、教科書どおりの6つを土台に置きつつ、実際の音がそこから動きうると知っておけば十分です。

相手の発音が表と違っても自分の覚え方が間違っているわけではない、と分かるだけで挫折が減ります。

声調を身につける順番と、次に読むもの

体系が入ったら、運用に移す順番はだいたい決まっています。

  1. 6つを単独で出せるようにする
  2. 混同しやすい組(2と5、3と6)を最小対で潰す
  3. 2音節の組み合わせで練習する
  4. 入声の3つは、韻尾を止める練習として扱う

4つめが軽く見えるかもしれませんが、入声は新しい高さを覚える作業ではありません。

すでに知っている第1声・第3声・第6声を、閉じた音節の上に載せ直すだけです。

実際に口をどう動かすか、低い音域の声調をどう聞き分けるかは、発音の記事が担当します。

日本語の音読みとの対応をもっと深く追いかけたい場合は、漢字音を扱う記事のほうが向いています。

この記事の役目は、声調と粤拼という地図を渡すところまでです。

よくある質問

広東語は9声ですか、6声ですか

どちらも正しい言い方です。9は声類(分類)の数、6は実際に耳で区別する高さの型の数を指します。

入声の3つは -p・-t・-k で閉じた音節にしか現れず、高さは第1声・第3声・第6声と同じです。粤拼が1〜6しか使わないのはそのためです。

粤拼とイェール式のどちらを覚えるべきですか

粤拼で問題ありません。現在の辞書・教材・入力法の主流は粤拼です。

イェール式は古い教材や歌詞のふりがなで見かけるので、出てきたら読める程度で足ります。

声調を間違えると通じませんか

単独の語では通じにくく、文のなかでは文脈がかなり補正してくれます。

ただし 詩 si1/史 si2/試 si3/時 si4/市 si5/事 si6 のように高さだけで区別する語が実際にあるので、最初に6つを分けておく価値は高いです。

普通話の四声を知っていると有利ですか

有利です。高さで語を区別するという仕組みそのものに慣れているぶん、入口の抵抗が小さくて済みます。

ただし高さの割り当ては対応しません。普通話の第3声のようにいったん沈んで戻る型も広東語にはないので、四声のピッチをそのまま当てはめると通じなくなります。

ベトナム語の声調と同じですか

数が同じ6でも、作りが違います。広東語は基本的に高さで区別し、ベトナム語は声の質(きしみ声や声門の締まり)も区別に関わります。

系統も別で、広東語はシナ・チベット語族シナ語派、ベトナム語はオーストロアジア語族です。

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