広東語の発音を日本語話者はどう攻略するか|有利に働く3つの音とつまずく5つの音

広東語

広東語の発音は難しい、と身構えている人に、先に良い報せを書きます。

日本語話者は広東語の音のうち、いくつかをすでに体で持っています。

「学校」を「ガッコウ」と読むときの小さい「ッ」が、その代表です。あれは千年前の中国語の子音がそのまま残ったもので、広東語では今も子音のまま発音されています。

一方で、日本語にもカタカナにも存在しない音があり、そこは正面から練習するしかありません。

この記事は、有利な3つと、つまずく5つを優先順に並べた地図です。口の動かし方と耳の作り方だけを扱います。

声調が何種類あってどう表記するかという体系の話は広東語の声調と粤拼の記事にまとめてあるので、ここでは声調番号を使うだけにします。

なお本文のカタカナは近似です。広東語の音をカタカナで正確に写すことはできないので、見当をつけるための補助として見てください。

先に全体像|有利な3つと、つまずく5つ

広東語の発音は、日本語話者にとって一方的に不利ではありません。得意な部分と苦手な部分がはっきり分かれています。

まず有利な側から並べます。

有利な点 なぜ有利なのか
入声(-p・-t・-k で終わる音節) 日本語の促音「ッ」の口の動きがそのまま使える
-m で終わる音節 「三位=サンミ」の連声に、同じ終わり方の痕跡が残っている
音読みからの推測 漢字の音読みの終わり方から、広東語の韻尾に当たりがつく

次に難所です。日本語話者が実際につまずく順に並べています。

つまずく点 何が問題なのか
有気音と無気音の対立 濁るか濁らないかの区別だと思い込み、ほぼ全音節で外す
母音のない一音節語 m4・ng5 日本語では「ン」を語頭に立てられない
前舌の円唇母音 yu・oe・eo 日本語に無く、カタカナでも書けない
gw・kw と語頭の ng- 2音節に割ってしまう、または頭の鼻音が落ちる
-n と -ng の区別 日本語ではどちらも「ン」に合流している

難所が5つあるように見えますが、上の2つを片付けるだけで通じ方がはっきり変わります。

この順番には理由があり、あとの節でひとつずつ説明します。

日本語話者に有利な3つ

有利な点を先に固めると、練習の初速が出ます。すでに持っている動きを確認する作業なので、時間もかかりません。

入声(-p・-t・-k)は促音の感覚でそのまま出せる

広東語には -p・-t・-k で終わる音節があり、これを入声(にっしょう)と呼びます。

普通話にはありません。日本語には、形を変えて残っています。

「学校=ガッコウ」の「ッ」は -k、「一杯=イッパイ」の「ッ」は -t、「十分=ジップン」の「ッ」は -p の名残です。

つまり日本語話者は、この3種類の口の動きをすでに使い分けています。あとは語末で止めるだけです。

広東語 粤拼+カタカナ 日本語の手がかり
sap6 サッ(プ) ジップンの「ッ」の位置で唇を閉じたまま止める
hap6 ハッ(プ) カッセン(合戦)の「ッ」と同じ閉じ方
jat1 ヤッ(ト) イッパイの「ッ」の位置で舌先を歯茎につけて止める
jat6 ヤッ(ト) ニッポンの「ッ」と同じ止め方
hok6 ホッ(ク) ガッコウの「ッ」の位置で舌の奥を上げて止める
gwok3 グォッ(ク) コッカ(国家)の「ッ」と同じ止め方

カタカナの括弧は「その形を作るが、開放して母音を足さない」という意味です。

ここだけが唯一の注意点で、止めて終わります。息を出して開放してはいけません。

「ホク」のように母音まで足すと音節が1つ増え、別の語に聞こえます。

促音の「ッ」は、次の音が来るまで口の形を保ったまま息を止めている状態です。広東語の入声は、その状態のまま語が終わるだけだと考えてください。

日本語で「あっ」と言いかけて途中でやめたときの、喉と口が閉じた感じがそのまま使えます。

-m 韻尾は「三位=サンミ」の感覚で出す

広東語には -m で終わる音節があります。普通話にはありません。

心 sam1 と 新 san1 は、口を閉じて終わるか、舌先を歯茎につけて終わるかだけで区別されます。

普通話ではどちらも xīn になり、この対立が消えています。だから普通話を学んだ人ほど -m を落としやすくなります。

日本語も音読みでは「ン」に合流させましたが、痕跡は残っています。

「三位」を「サンイ」ではなく「サンミ」と読むのは、「三」がかつて sam だったからです。

語末の m が次の母音とくっついて「ミ」になった、と考えると腑に落ちるはずです。「因縁=インネン」は -n 由来なので、出てくる音が違います。

確認の方法は単純で、心 sam1 と 新 san1 を交互に言いながら、鏡で唇が閉じるかどうかを見ます。

唇が閉じずに終わっていたら、その音は 新 san1 になっています。

音読みの終わり方から韻尾の見当がつく

初めて見る漢字でも、日本語の音読みから広東語の韻尾を推測できます。

音読みの終わり方 推測される韻尾
「ク」「キ」 -k 學ガク→hok6、客カク・キャク→haak3
「チ」「ツ」 -t 一イチ→jat1、月ゲツ→jyut6
「ウ」で終わり、歴史的仮名遣いで「フ」 -p 十ジフ→sap6、合ガフ→hap6

「ン」で終わる音読みは -m・-n・-ng のどれかですが、ここまでは絞れません。

この道具には限界があります。「法」は歴史的仮名遣いでハフなので -p を予想したくなりますが、広東語では faat3 で -t になります。

「立」「雑」「接」の音読みリツ・ザツ・セツも慣用音で、本則から外れているため -t に見えてしまいます。

そして声調も母音も、音読みからは推測できません。あくまで韻尾に当たりをつける道具です。

この対応をもっと深く追いかけたい場合は、日本語の音読みと広東語の対応をまとめた記事に一覧があります。

つまずく5つ|転ぶ順に並べる

ここからが本体です。各項目は「何が問題か」「どう出すか」「何で確かめるか」の順で並べます。

難所1|有気音と無気音は、濁音と清音の対立ではない

これを最初に置くのは、ほぼすべての音節に関わるからです。

粤拼の b/p、d/t、g/k、gw/kw、z/c は、声帯が震えるかどうかの区別ではありません。息を強く出すか出さないかの区別です。

b は「バ」ではなく、息を伴わない「パ」に近い音です。d は「ダ」ではなく息を伴わない「タ」、g は「ガ」ではなく息を伴わない「カ」になります。

日本語話者は語頭の無気音を濁音に置き換え、語中の有気音を清音に置き換えてしまいがちです。

本記事のカタカナが 多 do1 を「ドー」と書いているのも便宜上のもので、実際には濁っていません。

広東語 粤拼+カタカナ 日本語訳
do1 ドー 多い
to1 トー 引っぱる
gaa1 ガー
kaa1 カー カード

多 do1 と 拖 to1、家 gaa1 と 卡 kaa1 は、声調が同じで息の有無だけが違う組です。この2組を往復するのが最短の練習になります。

確認には紙が使えます。口の前に薄いティッシュを垂らし、to1 や kaa1 でだけ紙が揺れ、do1 や gaa1 では揺れない状態を目指します。

普通話を学んだ人は、この対立をすでに身につけています。ここは丸ごと持ち込める資産です。

難所2|母音のない一音節語 m4 と ng5

広東語には、母音をまったく含まない語があります。

唔 m4 は否定の「〜ない」、五 ng5 は数字の5です。どちらも鼻にかかった「ンー」を伸ばし、そこに声調を乗せます。

日本語では「ン」を語頭に立てられません。しりとりで「ン」がつくと負けるのは、そこから始まる語が無いからです。

だからこの2語は、単独で立てようとすると声が出だしません。

ここもカタカナが当てにならない箇所です。「ン」と書くしかありませんが、実際には母音の長さと声調を持った一音節です。

解決は簡単で、単独で練習しないことです。実際の連結の中に置くと出やすくなります。

広東語 粤拼+カタカナ 日本語訳
唔該 m4 goi1 ンゴーイ ありがとう、すみません
唔係 m4 hai6 ンハイ 〜ではない
五點 ng5 dim2 ンディム 5時

m4 は唇を閉じたまま、ng5 は舌の奥を上げたまま声を出します。閉じる位置が違うだけで、どちらも口からは息が出ません。

なお香港では ng5 が m5 のように聞こえることがあります。若い世代でこの2つが接近しているためで、どちらでも通じます。

難所3|前舌の円唇母音 yu・oe・eo はカタカナで書けない

広東語には、日本語に無い母音が3つあります。舌を前に置いたまま唇を丸める音で、日本語にはこの組み合わせがありません。

yu は「イ」の口の形のまま唇を丸めて「ウ」と言います。書 syu1、魚 jyu4 がこれです。

oe は「エ」の舌の位置のまま唇を丸めて「オ」と言います。香 hoeng1、靴 hoe1 がこれです。

eo は oe を短くしたもので、-i や -n の前にだけ現れます。女 neoi5、去 heoi3 がこれです。

広東語 粤拼+カタカナ 日本語訳
syu1 シュー
jyu4 ユー
hoeng1 ホェーン 香り、よい匂い
hoe1 ホェー
neoi5 ノェイ 女性
heoi3 ホェイ 行く

この節のカタカナは、他のどの節よりも当てになりません。「シュー」「ホェーン」は形だけの近似で、唇の丸めが抜けると別の語になります。

確認用の組は 書 syu1 と 蘇 sou1、香 hoeng1 と 康 hong1 です。

後ろの語は唇を丸めるだけの普通の「オ」で、前の語は舌を前に置いたまま丸めます。舌の位置が動いていなければ、区別が出ています。

鏡を見ながら、唇が丸まっているかと、舌が前にあるかを別々に確かめるのが確実です。

難所4|gw・kw の唇の丸めと、語頭の ng-

gw-・kw- は、g や k を出しながら同時に唇を丸める音です。

大事なのは、これで1つの子音だという点です。「グ」と「ウ」に分けて2音節にしてしまうと、音節の数が合わなくなります。

広東語 粤拼+カタカナ 日本語訳
gwok3 グォッ(ク)
gwong2 グォン 広い
kwan4 クァン 群れ
faai3 ファーイ 速い

最後の 快 faai3 は対比のために置いてあります。普通話の kuài から連想して kw で始めたくなりますが、広東語では f で始まります。

語頭の ng- も日本語には無い形です。我 ngo5、牛 ngau4、銀 ngan4 のように、鼻から抜ける音で語が始まります。

使えるのは、日本語の「が行鼻濁音」の感覚です。「りんご」を鼻にかけて発音するときの子音を、そのまま語頭に持ってきます。

ただし香港では、この ng- が落ちて母音から始まる話者がかなり多くいます。我 ngo5 が「オー」に近く聞こえるのはそのためです。

教科書の音と街の音が違って聞こえても、どちらでも通じます。ng- をつけて話しても不自然にはなりません。

難所5|-n と -ng の区別、そして韻尾は全部で3種類

広東語では、-n で終わるか -ng で終わるかで語が変わります。

日本語は音読みの「ン」に両方を合流させたうえ、後ろに来る音で「ン」の実際の音が自動的に変わります。意識しないと潰れるのはこのためです。

ここまでの -m と合わせると、広東語の鼻音の韻尾は3種類あることになります。

広東語 粤拼+カタカナ 日本語訳
sam1 サム
san1 サン 新しい
saang1 サーン 生きる、生まれる
saam1 サーム 3
saan1 サーン

生 saang1 と 山 saan1 のカタカナが同じになっている点に注目してください。カタカナでは -n と -ng を書き分けられません。

練習は 心 sam1、新 san1、生 saang1 の3語を一組にして回すのが効率的です。閉じる位置が唇、歯茎、舌の奥と順に奥へ移動していきます。

終わった瞬間に口を止めて、どこが閉じているかを自分で確かめます。唇が開いていて舌先も浮いていれば -ng です。

産出より難しいのは聞き取り|低い音域に声調が集まっている

声調は、出すことより聞き分けることのほうが難しくなります。

広東語は低い音域に第4声・第5声・第6声の3つが集まっていて、日本語話者の耳にはこれが団子になって届きます。

日本語のアクセントは高いか低いかの2段しか使わないので、低い側の中でさらに3つに割るという処理に慣れていないのです。

対策は3つあり、順番があります。

  1. まず自分の声で低い音域を安定して出せるようにする
  2. 第4声と第6声の最小対で耳を作る
  3. 文脈で当てにいかない

1つめが最初に来る理由は単純で、自分で出せない音は聞き分けられないからです。

低い声を長く伸ばして、その中で平らに保つ練習から入ります。喉を締めて低くするのではなく、声全体を1段下の棚に置き直す感覚です。

2つめの最小対には 時 si4 と 事 si6 が使えます。どちらも低い音域にあり、動きがあるかどうかだけが違います。

この2語を自分で録音し、順番をランダムに入れ替えて後から聞き直すと、耳が実際にどこで迷っているかが見えます。

3つめは意識の問題です。文の中では文脈が補正してくれるので、聞き取れたつもりになりやすくなります。

単語単位で当てられているかを、ときどき確かめてください。

どの声調がどの高さなのかという体系そのものは声調と粤拼の記事にあるので、表はここでは繰り返しません。

「ベトナム語みたいに聞こえる」の正体

初めて広東語を聞いた人が「ベトナム語みたいだ」と言うことがあります。

そう聞こえる理由は音韻的に説明でき、入声や -m の保存、反り舌音が無いことなどが重なった結果です。ただし因果の向きは直感と逆で、広東語がベトナム語に寄ったのではなく、変わったのは普通話のほうです。

広東語はシナ・チベット語族、ベトナム語はオーストロアジア語族(南アジア語族)で、系統はまったく別です。

理由の分解と、両言語の決定的な相違は広東語とは何語なのかを扱った記事にまとめてあります。

普通話を学んだ人が引きずりやすい癖

普通話の学習歴は、広東語の発音において資産にも負債にもなります。負債の側を先に片付けます。

持ち込みやすい癖 広東語ではどうなるか
反り舌音を入れる 中國 zung1 gwok3 の z は舌先を歯茎に当てる音で、zh とは別物
兒化をつける 広東語に兒化は無い
軽声のつもりで音節を弱める 各音節がほぼ等しい重さで並ぶ
-n と -ng を普通話の癖で処理する -m が落ちて 心 sam1 が 新 san1 になる
四声のピッチを当てはめる 普通話の第3声のように沈んで戻る型は広東語に無い

とくに最後の項目が根深く、番号どうしを対応づけようとすると必ず崩れます。広東語の6つは別の体系だと割り切ってください。

資産の側も公平に挙げます。有気音と無気音の対立、声調で語を区別するという仕組みへの慣れ、そして漢字と語彙の土台の3つです。

この3つはかなり大きく、まったくの初学者より入口の抵抗は小さくなります。

普通話側の音を確認しながら進めたい場合は中国語の発音ガイドが、声調と漢字のつながりは中国語の漢字と声調の記事が対応します。

音以外も含めた両者の違い全体は広東語と北京語は何が違うのかの記事にあります。

練習の順番|4週間で通す組み立て

やることが多く見えますが、順番を決めれば1か月で一周できます。

次の組み立てが合理的です。

やること 確認の方法
第1週 6つの声調を単独と最小対で分ける。低い音域を出すことに時間を割く 時 si4 と 事 si6 を録音して聞き直す
第2週 韻尾をやる。入声を止める練習と、鼻音の韻尾3種類の打ち分け 心 sam1/新 san1/生 saang1 を一組で回す
第3週 日本語に無い音に集中する。円唇母音、m4 と ng5、有気無気、gw と kw ティッシュで息を見る。鏡で唇の丸めを見る
第4週 実際のフレーズに載せる 唔該 m4 goi1、多謝 do1 ze6、埋單 maai4 daan1 を通しで言う

第1週に声調を置くのは、あとの週で出てくる語がすべて声調を持っているからです。土台を先に作ります。

第3週がいちばん負荷が高いので、ここだけは短時間で毎日触れる形にするほうが続きます。

第4週で扱う 唔好意思 m4 hou2 ji3 si1 のような4音節のフレーズは、難所が複数入っているので総復習に向いています。

教材の音を聞くときは、素材の性質を知っておくと選びやすくなります。

香港のニュースは発音が明瞭で速度が一定なので、韻尾や声調を聞き取る練習に向いています。

ドラマや配信は速度が上がる代わりに、口語字を含む実際の話し方が分かります。睇 tai2 や 食 sik6 のような日常語が、どんな速さで流れるかも見えます。

順番としては、ニュースで型を作ってからドラマに移るほうが崩れにくくなります。

なお辞書の見出しの粤拼と、実際に耳にする音がずれることがあります。語によって声調が変わる變調という仕組みがあるためで、その扱いも声調の記事で説明しています。

よくある質問

カタカナで覚えても通じますか

短い決まり文句なら通じることもありますが、限界が早く来ます。

入声の止め方、前舌の円唇母音、声調の3つはカタカナで書けないからです。初期の補助として使いつつ、早めに粤拼を読めるようにするほうが結局は速くなります。

普通話ができると広東語の発音は有利ですか

有利な部分があります。有気音と無気音の対立、声調という仕組みへの慣れ、漢字と語彙の土台はそのまま使えます。

一方で反り舌音、兒化、軽声、四声のピッチを持ち込むと通じにくくなります。使える資産と捨てる癖を分けて考えてください。

声調と発音、どちらを先に固めるべきですか

並行で構いませんが、低い音域を出す練習だけは最初から入れてください。

自分で出せない音は聞き分けられないので、産出の練習がそのまま聞き取りの土台になります。

香港の人の「我」が「オー」に聞こえるのはなぜですか

語頭の ng- が落ちて、母音から始まる発音が広がっているためです。

教科書どおりの ngo5 でも問題なく通じるので、どちらで覚えても支障はありません。

独学で発音を直すにはどうすればいいですか

自分の音を外から見る仕組みを3つ用意すると進みます。最小対を自分で録音して聞き直すこと、鏡で唇の閉じと丸めを見ること、ティッシュで息の有無を見ることです。

耳だけで直そうとすると、自分の癖はほぼ聞こえません。目と紙で確認できる項目は、そちらに任せてください。

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