インドネシア語の「若者流行語」は、教科書の棚では決して出会えない、時代の空気そのものです。
2020年に覚えた語が2025年にはもう古く感じられ、逆に新しい言葉が半年で全国に広がる ―― この目まぐるしさを楽しめるようになると、インドネシアの今が見えてきます。
この記事では、2020年以降にインドネシアで本当に流行した若者言葉を、年代ごとのトレンドと共に紹介します。
2020〜2021年の流行語 ―― パンデミック期の生まれ
新型コロナウイルスによるロックダウン(インドネシア語では PSBB:Pembatasan Sosial Berskala Besar)と WFH(Work From Home)の時代は、オンライン文化を一気に押し上げました。
この時期に生まれた言葉には、閉じ込められた中での笑いと、デジタルネイティブ感覚がにじんでいます。
santuy / santai aja
santuy は前の記事でも触れましたが、2020年初頭に爆発的に流行しました。
ラッパーの Young Lex(Samuel Alexander Pieter、1991年生)の楽曲や、TikTokで女子大生が「Santuy aja lah, hidup cuma sekali(気楽にいこうよ、人生一度きり)」と投稿する動画が引き金となりました。
mager(malas gerak)
mager は「動くのがめんどくさい」を意味する malas gerak の略で、パンデミック中の引きこもり感覚にぴったりはまりました。
「Gue lagi mager banget, pesen GoFood aja deh」のように、GoFood(2015年ローンチ、Gojek傘下)を呼ぶときの枕詞にもなりました。
gabut(gaji buta)
gabut は gaji buta(盲目の給料=仕事がないのに給料をもらっている状態)の略で、「することがなくて暇」を意味します。
WFH中に「Kantor gak ada kerjaan, gue gabut nih」と嘆く投稿がTwitterに溢れました。
2022年の流行語 ―― 経済再開と自己表現
ワクチン接種が進み、カフェ・レストラン・オフィスが再開した2022年は、コロナで閉じていた感情と表現欲が一気に噴き出した年でした。
この時期の流行語は、自己肯定やメンタルヘルスに関するものが多いのが特徴です。
healing
英語の healing がそのままインドネシアの若者言葉となり、「週末の気分転換・旅行」の意味で急速に広がりました。
「Weekend ini gue mau healing ke Bandung(今週末はバンドンに癒しの旅に行きたい)」のような使い方が、Tiket.com や Traveloka(2012年創業)の広告にも登場するほどになりました。
self love / self reward
若者が頑張った自分に何かご褒美を買うことを self reward と呼ぶのが定番化しました。
Senayan City や Pacific Place のブランド店、Starbucks Reserve Dewata(バリ、2018年オープン、世界最大のスタバ)へ「自分へのご褒美」として行く投稿が溢れました。
insecure / anxiety
これらの英語がそのまま使われ、メンタルの不安や劣等感を率直に語る文化が若者のあいだに定着しました。
心理学系インフルエンサーの分島ナシード(Analisa Widyaningrum、1987年生、ジョグジャカルタ出身、YouTube登録者百万超)の投稿が、この流れを後押ししました。
2023年の流行語 ―― TikTokと音楽
2023年はTikTokの影響力がさらに強まり、音楽と結びついた流行語が次々と生まれました。
skena
skena は英語 scene(シーン)の転訛で、「インディー音楽やサブカルに通じている人」を指す褒め言葉として2023年前半から広まりました。
Joyland Festival(2019年初開催、ジャカルタ・バリで年次開催)や We The Fest(2014年初開催、Gabi Indonesia 主催)に通うタイプの若者を「anak skena」と呼ぶのが流行しました。
sat-set
sat-set は「てきぱき・しっかり」の意味で、2023年に政治家や企業家が演説で多用してからバズりました。
特にジャカルタ特別州知事のアニス・バスウェダン(Anies Baswedan、1969年生)や、プラボウォ・スビアント陣営が多用したことで、政治と若者言葉の距離が一気に縮まりました。
bestie / bff
bestie(英語の best friend の短縮)はインドネシアの女の子たちのあいだで親友を呼ぶ語として定着しました。
「Halo bestie, udah makan belum?(やっほー親友、ご飯食べた?)」のような使い方がSNSで大量に見られます。
2024年以降の流行語 ―― 選挙年とAI時代
2024年2月のインドネシア大統領選挙は、若者言葉に大きな影響を与えました。
プラボウォ・スビアント(Prabowo Subianto、1951年生、元陸軍中将、現大統領)陣営のゆるキャラ風SNS戦略から、「gemoy(かわいらしい)」「gemes(じれったい・愛おしい)」が全国区のバズワードになりました。
gemoy
gemoy は gemas(じれったい・かわいい)の変形で、プラボウォ陣営がAIで生成したかわいいキャラクターを自身のアバターに使ったのをきっかけに、2023年後半から2024年初頭にかけて爆発的に広まりました。
選挙運動の枠を超えて「うちの猫 gemoy 超える〜」のような日常使いに派生したのは、言語現象として非常に興味深いところです。
AI関連スラング
ChatGPT(2022年11月ローンチ)や Gemini の浸透で、「nanya ChatGPT aja」「tanya AI」が日常語になりました。
「gue prompt aja dulu(とりあえずAIにプロンプトしとくわ)」のように、英語技術用語がそのままインドネシア口語に取り込まれています。
流行語の寿命と付き合い方
若者流行語の寿命は、平均して半年から2年程度です。
短命なものは数週間で消え、長寿なものは「banget」「mantap」のように標準語化することもあります。
語学学習者の私たちがこれらと付き合う上で大切なのは、「使って楽しむ」と「引き際を見極める」のバランスです。
新語を追うツール
私が現在使っているのは、Twitter Trends Indonesia(trends24.in/indonesia で無料チェック可能)と、Instagramハッシュタグの投稿数推移を見る Display Purposes、そしてTikTokの「For You」ページの流行音源です。
これら三つを週に一度巡回するだけで、今まさに熱い言葉がほぼ網羅できます。
使いどころを外さないために
流行語は、話し相手が同世代・同じネット文化圏にいる前提でのみ安全に機能します。
年配の同僚やビジネス相手には、たとえ流行していても「gemoy」や「skena」を使うのは避け、saya / Anda / bahasa baku の基本に戻ること。
この引き出しの開閉が上手になれば、あなたのインドネシア語はあらゆる場面で「ちょうどいい」になります。
地域別・世代別の温度差
同じインドネシアでも、流行語が浸透する速度は地域によって違います。
ジャカルタ・バンドン・スラバヤといった大都市の若者は、発生から1〜2週間で新語を取り入れる一方、地方都市や農村部では半年〜1年遅れが平均です。
また、世代間のギャップも明確で、1990年代生まれのミレニアル世代と、2000年以降生まれのZ世代では、同じ語でも受け取り方が違います。
ミレニアル世代の流行語継承
1994年放送の「Si Doel Anak Sekolahan」で育った世代は、ベタウィ方言への愛着が強く、gue / lo / nyok / dah / aja などの古典的スラングを今でも愛用します。
この世代が現在30代〜40代の管理職になっているので、職場でのフランクな会話では、こうした語がオフィスの BGM のように響きます。
Z世代の流行語文化
Z世代は、TikTokと Instagram Reels に最適化された短い動画文化の中で言葉を吸収します。
言葉の寿命はさらに短く、「skena」「sigma」「npc」「gyatt」のように英語圏のGenスラングと同期するケースが増えています。
彼らにとって言葉の更新は、服の着替えに近い感覚なのです。
アルファ世代の兆し
2010年以降生まれのアルファ世代は、YouTube Kids と TikTok で言葉を覚えており、英語・インドネシア語・地元方言がシームレスに混ざった独特の語彙を持ち始めています。
彼らが10代後半になる2025年以降、インドネシア語のスラング地図は再び大きく塗り替わるかもしれません。
世代や地域の差を観察することは、言語学習という枠を越えて、インドネシア社会の変化そのものを肌で感じる体験になります。
言葉は時代の鏡、流行語はその鏡に一瞬映る光の反射のようなもの ―― そう捉えると、移り変わりの早さも愛おしく感じられてきます。


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