2026年のドイツ書籍賞(Deutscher Buchpreis)の作品紹介と、審査員・審査員代表のコメントでは、作品の中身を後ろにつないだ形が Roman über で8か所、erzählen von で7か所ありました。
同じ「〜について」でも、名詞の Roman(長編小説)は über、動詞の erzählen(語る)は von と前置詞が分かれ、前置詞を使わずに4格で中身を受ける動詞も並びます。
賞は10月5日にフランクフルトで発表され、受賞作はシダ・バズヤール(Shida Bazyar)の長編『Die Lücken』(「すき間」の意)に決まりました。発表はフランクフルト・ブックフェアの幕開けを兼ねています。
- 市庁舎の授賞式から、ブックフェアの会場へ
- erzählt von のあとは3格
- Roman über のあとは4格
- Der Roman „Die Lücken“ von Shida Bazyar の von は書き手
- 前置詞を使わず、4格で中身を受ける動詞
- schreiben の2か所は über、lesen の1か所は von
- über がどこに掛かるかで、2通りに読める一文
- 作品の中身をつないだ箇所の内訳
- 語り方を言う語句を文頭に出した作品紹介が7本
- 自分の休暇を話す文から、本の中身を語る文へ
- 英語・フランス語・スペイン語の「〜についての小説」と「〜について語る」
- 前置詞と格を選ぶ5問
- über が「〜にわたって」の意味になるとき
市庁舎の授賞式から、ブックフェアの会場へ
ドイツ書籍賞は、ドイツ書籍業協会(Börsenverein des Deutschen Buchhandels)の財団が、その年のドイツ語の長編小説1作に贈る賞です。
2026年は7人の審査員が205作に目を通し、8月11日に候補20作、9月8日に最終候補6作を発表しました。
授賞式は10月5日にフランクフルト市庁舎レーマーの皇帝の間で開かれ、受賞者に2万5,000ユーロ、ほかの最終候補5人に2,500ユーロずつが贈られました。
ブックフェアの会期は10月7日から11日までで、今年の主賓国はチェコです。
賞の公式サイトは、開幕前と会期中に受賞者が出る朗読や対談の予定も告知しています。フランクフルトへ出かけるときの言い回しはドイツ旅行の記事にまとめています。
材料にした4種類の文章
材料は賞の公式サイトに載った文章で、合わせて29本・3,606語です(語数は数字を除いて数えています)。
| 文章 | 本数・語数 | 掲載 |
|---|---|---|
| 受賞理由(Begründung der Jury) | 1本・108語 | 10月5日の受賞発表 |
| 最終候補6作への審査員のコメント(Kommentar der Jury) | 6本・602語 | ページに掲載日の表示なし(最終候補の発表は9月8日) |
| 候補20作の作品紹介 | 20本・2,687語 | 書き手の名前と掲載日はページに無い |
| 審査員代表コルネリア・ガイスラー氏のコメント | 2本・209語 | 8月11日と9月8日の発表 |
どれも文章として書かれ、サイトに掲載されたものです。授賞式の壇上で話された言葉の書き起こしは含めていません。
最終候補の欄の作品紹介は候補20作の欄と同じ文面なので一度だけ数え、音声版の案内(Das Hörbuch erscheint bei …)のように作品紹介でない行は外しました。
審査員のコメントと作品紹介には virtuos・klug・eindringlich のような褒め言葉が多く、訳では強めも弱めもせず、辞書の第一義に近い日本語を当てました。訳の付け方の基準は編集方針に載せています。
erzählt von のあとは3格
„Die Lücken“ erzählt von jüdischen Familien, von NS-Profiteuren sowie von kurdischen und iranischen Menschen, die in Deutschland Schutz und Zuflucht suchen.
ドイツ書籍賞2026審査員(7人)・最終候補『Die Lücken』へのコメント(Kommentar der Jury)2026年10月7日取得(ページに掲載日の表示なし。最終候補の発表は2026年9月8日)/出典: Deutscher Buchpreis – Nominierte
訳:『Die Lücken』が描くのは、ユダヤ人の家族、ナチ体制で利益を得た人々、そしてドイツに保護と避難先を求めてきたクルド系・イラン系の人々です。
erzählen は「語る」で、語る中身を von でつなぎます。
von は3格を取る前置詞なので、jüdischen Familien(ユダヤ人の家族)は複数3格の形で、形容詞に -en が付いています。
この一文は von を3回繰り返し、3つの中身を1つの動詞 erzählt にまとめてぶら下げた形です。
主語は作家の名前でなく本の題名で、本そのものが語り手の位置に立っています。
文末の die in Deutschland … suchen は Menschen に掛かる関係節で、長い名詞句の後ろに関係節が付く組み立てはドイツ統一の日のあいさつ文を読んだ回でも扱いました。
直訳の列と、日本語の文章にした列
| ドイツ語 | 直訳 | 日本語の文章 |
|---|---|---|
| „Die Lücken“ erzählt | 『Die Lücken』は語る | 『Die Lücken』が描くのは |
| von jüdischen Familien | ユダヤ人の家族について | ユダヤ人の家族 |
| von NS-Profiteuren | ナチ時代の利得者たちについて | ナチ体制で利益を得た人々 |
| sowie von kurdischen und iranischen Menschen | ならびにクルドとイランの人々について | そしてクルド系・イラン系の人々 |
| die in Deutschland Schutz und Zuflucht suchen | (その人々は)ドイツで保護と避難所を求める | ドイツに保護と避難先を求めてきた |
直訳の「〜について語る」を、日本語の文章では「〜を描く」に替えました。
日本語では、本が主語の文に「語る」を置くと擬人化が強く聞こえるので、「描く」のほうが落ち着きます。
直訳では「について」が3回並びますが、日本語の文章では読点でつなぎ、最後に「です」で受けました。
関係節の die … suchen は、日本語では名詞の前に回して「求めてきた」とし、時制はドイツ語の現在形から少しずらしています。
審査員のコメント、作品紹介、審査員代表のコメントを通して、erzählen が中身を von でつないだ文は次の7つです。
| 文章 | erzählen の部分 | 中身 |
|---|---|---|
| 審査員のコメント | „Die Lücken“ erzählt | von jüdischen Familien … |
| 作品紹介 | erzählt Bukowski | von der Zerrissenheit einer jungen Künstlerin |
| 作品紹介 | „King Cobra“ erzählt | vom Widerstand gegen das Schweigen und davon, dass … |
| 作品紹介 | erzählt Franziska Gänsler | von der Freundschaft zweier junger Frauen |
| 作品紹介 | Sie erzählt | von Frauen |
| 作品紹介 | erzählt Leh-Wei Liao | von widerständigen Frauen |
| 審査員代表のコメント | Sie erzählen | von Träumen und Möglichkeiten des Individuums |
vom は von と男性・中性の3格冠詞 dem が1語に縮まった形で、davon, dass … は von を da に付けて後ろの dass 節を受ける形になっています。
Roman über のあとは4格
„Schleifen“ ist ein großer, ein kluger Roman über die Macht und den Einfluss von Sprache auf unser Leben […]
ドイツ書籍賞の公式サイトの作品紹介(書き手の表示なし)2026年10月7日取得(掲載日の表示なし)・候補作『Schleifen』の欄/出典: Deutscher Buchpreis – Nominierte
訳:『Schleifen』は、言葉が私たちの暮らしに及ぼす力と影響についての、大きく、賢い長編です。
名詞の Roman(長編小説)は中身を über でつなぎ、「〜について」の意味の über は4格を取ります。
die Macht(力)も den Einfluss(影響)も4格で、男性名詞 Einfluss は冠詞が der から den に変わるので形で見分けられます。
Roman の後ろに前置詞が来た10か所は、über が8か所、書き手を示す von が1か所、Ein Roman gegen Gleichgültigkeit(無関心に抗う小説)の gegen が1か所でした。
| 文章 | Roman+über の部分 | 訳 |
|---|---|---|
| 審査員のコメント | ein großer Roman über die Kreativität | 創造性についての大きな長編 |
| 作品紹介 | Romanen über Exil und postmigrantische Gegenwart | 亡命と移民後の現在についての長編(複数3格) |
| 作品紹介 | Ein Roman über das Ringen um Nähe | 近さを求めてもがくことについての長編 |
| 作品紹介 | Ein Roman über die Last der Herkunft | 出自の重荷についての長編 |
| 作品紹介 | Roman über die Beziehungsverhältnisse unserer Gegenwart | 現代の人間関係についての長編 |
| 作品紹介 | Ein Roman über Aufbruch und Niedergang | 出発と没落についての長編 |
| 作品紹介 | Roman darüber, was es bedeutet, Mensch zu sein | 人間であるとはどういうことかについての長編 |
表に無い1か所は、上に引いた『Schleifen』の文です。
Romanen は複数3格の語尾ですが、これは前の前置詞 nach(〜のあとで)が決めた格で、後ろの über Exil … はやはり4格です。
darüber は über が da と結びついた形で、後ろの was の節をまとめて中身として受けています。
同じく語りを表す名詞の Erzählmosaik(語りのモザイク)も、作品紹介で ein virtuoses Erzählmosaik über die Last der Geschichte(歴史の重荷をめぐる見事な語りのモザイク)と über を取っていました。
Der Roman „Die Lücken“ von Shida Bazyar の von は書き手
Der Roman „Die Lücken“ von Shida Bazyar reflektiert anhand einzelner Figurenschicksale fast 100 Jahre ambivalenten deutschen Lebens.
ドイツ書籍賞2026審査員(7人)2026年10月5日・受賞理由(Begründung der Jury)/出典: „Die Lücken“ ist der Roman des Jahres 2026
訳:シダ・バズヤールの長編『Die Lücken』は、登場人物一人ひとりの運命をたどりながら、ドイツの割り切れない暮らしのほぼ100年を省みています。
この von は中身でなく書き手を示し、Roman von X で「Xの書いた長編」になります。
中身のほうは、動詞 reflektiert(省みる)の4格目的語 fast 100 Jahre ambivalenten deutschen Lebens に入っていて、前置詞を使っていません。
名詞の後ろでは、von が書き手、über が中身を受け持ちます。
ただし名詞によっては、von が描かれる対象を示すこともあります。
| 名詞+von | 訳 | 文章 |
|---|---|---|
| Ein bestechendes Porträt von der Kraft und Zerbrechlichkeit menschlicher Bindungen | 人と人の結びつきの強さともろさを写した、見事な肖像 | 作品紹介 |
| eine vielschichtige Reflexion von Gesellschaft, Religion und Familie | 社会・宗教・家族についての重層的な省察 | 審査員のコメント |
Porträt(肖像)や Reflexion(省察)は「写す」「省みる」という動作を言い表す名詞で、von の後ろに来るのはその動作の目的語です。
Gesellschaft, Religion und Familie のように冠詞の無い名詞は2格の形を示しにくく、こうした位置では von を使うのがふつうです。
前置詞を使わず、4格で中身を受ける動詞
中身を4格の目的語として直接取る動詞も、5つ出てきました。
| 動詞 | 中身(4格) | 文章 |
|---|---|---|
| reflektiert(省みる) | fast 100 Jahre ambivalenten deutschen Lebens | 受賞理由 |
| beschreibt(描写する) | viel mehr als die Freundschaft zweier junger Frauen | 審査員のコメント |
| ausleuchtet(照らし出す) | deren Zerrissenheit | 審査員のコメント |
| zeichnet(描く) | die Träume einer ganzen Generation | 作品紹介 |
| beleuchtet(光を当てる) | ihre Schicksale | 作品紹介 |
deren Zerrissenheit(その人たちの引き裂かれた心)は関係節の先頭にあり、ausleuchtet は節の最後に置かれています。
erzählen も4格を取れる動詞で、作品紹介の Anton und Alma erzählt die Geschichte einer großen Liebe(『Anton und Alma』は、ある大きな恋の物語を語る)では die Geschichte(物語)が4格の目的語です。
素材の中で erzählen が4格の中身を取ったのはこの1か所で、目的語は「物語」という語そのものでした。
数えた13語の外にも、中身を受ける動詞があります。
folgt Alisha Gamisch in ihrem Debütroman den Lebenswegen dreier russlanddeutscher Frauen(アリシャ・ガミッシュはデビュー作で、ロシア系ドイツ人の女性3人の人生をたどる)の folgen は、3格の den Lebenswegen を前置詞なしで取ります。
審査員のコメントの bringt verschwiegene Kapitel deutscher Vergangenheit zur Sprache(ドイツの過去の伏せられてきた章を言葉にする)も、中身は4格の Kapitel です。
作品紹介の ein vielfältiges Panorama des Lebens in der DDR(東ドイツの暮らしの多彩なパノラマ)や eine literarische Archäologie der Heimat(故郷の文学的な考古学)のように、名詞が中身を2格で受ける形もあります。
schreiben の2か所は über、lesen の1か所は von
schreiben(書く)が中身を取った2か所は、どちらも作品紹介で、どちらも über でした。
| schreiben+über | 訳 | 文章 |
|---|---|---|
| Mit stiller Wucht schreibt Peggy Mädler über das Flirren zwischen Halt und Auflösung | 静かな力で、ペギー・メードラーは支えと崩壊のあいだの揺らぎについて書く | 作品紹介 |
| Karosh Taha schreibt über die Angst in den Straßen | カロシュ・ターハは通りにひそむ不安について書く | 作品紹介 |
反対に、審査員代表のコメントの Wir lesen auf vielfach unerwartete Weise von Sehnsucht, Freundschaft, Liebe und Gewalt(私たちは何度も思いがけないかたちで、憧れ、友情、愛、暴力について読む)では、lesen(読む)が von を取っています。
あらすじの中の書き物や読み物にも、同じ組み立てが出てきます。
seine Masterarbeit über die Massenkonversion der Chasaren zum Judentum(ハザール人のユダヤ教への集団改宗についての修士論文)は名詞+über、Jedes Symptom, von dem sie hört oder liest(耳にしたり読んだりした症状はどれも)は lesen+von です。
朗読原稿の中身を言う von dem sein Lesungstext handelt(彼の朗読原稿が扱っている〜)の handeln(扱う)も、von を取ります。
über がどこに掛かるかで、2通りに読める一文
Peggy Mädler erzählt empathisch und unaufgeregt, aber mit großem Faktenwissen über ein selten betrachtetes Kapitel der DDR-Geschichte.
ドイツ書籍賞2026審査員(7人)・最終候補『Selbstregulierung des Herzens』へのコメント(Kommentar der Jury)2026年10月7日取得(ページに掲載日の表示なし。最終候補の発表は2026年9月8日)/出典: Deutscher Buchpreis – Nominierte
訳:ペギー・メードラーは、共感をこめて、声を荒らげずに、それでいて豊富な事実の知識をもって、東ドイツの歴史のあまり顧みられてこなかった一章を語ります。
この訳は、über を erzählt に掛けた読みです。
この文の über は、動詞の erzählt に掛けても、すぐ前の名詞 Faktenwissen(事実の知識)に掛けても読める位置にあり、文の中の決め手は弱いままです。
ただ、この素材では erzählen が中身を von で取った例が7か所あり、über で取った例は無いので、Faktenwissen 側に掛ける読みにわずかな手がかりがあります。
erzählt に掛ければ「〜の一章について語る」、Faktenwissen に掛ければ「〜の一章についての豊富な知識をもって語る」です。
Wissen über …(〜についての知識)は名詞+über の組み合わせなので、後の読みでも名詞が über を取る形に収まります。
集計では、この1か所を「掛かり先が2通り」として、von と über のどちらにも入れていません。
作品の中身をつないだ箇所の内訳
数えたのは erzählen・schreiben・lesen・beschreiben・reflektieren・zeichnen・beleuchten・ausleuchten の8つの動詞と、Roman・Erzählung・Erzählmosaik・Porträt・Reflexion の5つの名詞(複合語の後半を含む)で、作品の中身を後ろにどうつないでいるかで分けました。
13語とその派生語(Erzähler・Lesen・Erzählkunst など)を語幹で拾うと69か所、13語そのものは57か所で、作品の中身をつないでいた(そう読めるものを含む)のは次の29か所です。
| 語 | 中身をつないだ箇所 | つなぎ方 |
|---|---|---|
| erzählen(語る) | 9 | von+3格 7、4格の目的語 1、über(掛かり先が2通り) 1 |
| Roman(長編小説) | 8 | über+4格 8 |
| schreiben(書く) | 2 | über+4格 2 |
| Erzählmosaik(語りのモザイク) | 1 | über+4格 1 |
| Erzählung(物語) | 1 | über(「〜にわたる」とも) 1 |
| Porträt(肖像) | 1 | von(描く対象) 1 |
| Reflexion(省察) | 1 | von(描く対象) 1 |
| ausleuchten(照らし出す) | 1 | 4格の目的語 1 |
| beleuchten(光を当てる) | 1 | 4格の目的語 1 |
| beschreiben(描写する) | 1 | 4格の目的語 1 |
| lesen(読む) | 1 | von+3格 1 |
| reflektieren(省察する) | 1 | 4格の目的語 1 |
| zeichnen(描く) | 1 | 4格の目的語 1 |
拾った69か所のうち残る40か所では、34か所がDer Roman spielt in Deutschland(小説の舞台はドイツ)や in ihrem Debütroman(デビュー作の中で)のように後ろに中身を置かない使い方でした(派生語の12か所もここに入ります)。
そのほかは、aus で語る位置を言う erzählt aus unterschiedlichen Perspektiven(さまざまな視点から語る)などの2か所、書き手の von と立場の gegen が1か所ずつ、あらすじの中の書き物・読み物の2か所です。
29か所のうち、動詞の von と名詞・schreiben の über に当たるのは19か所で、残る10か所は4格で受ける動詞6、名詞+von 2、掛かり先が2通りの1、「〜にわたる」とも読める1です。
中身を前置詞でつなぐときは語ごとにそろっていて、erzählen と lesen は von、Roman・Erzählmosaik・schreiben は über でした。
語り方を言う語句を文頭に出した作品紹介が7本
Eindringlich und betörend erzählt Franziska Gänsler von der Freundschaft zweier junger Frauen, ihrer Loyalität und dem unbedingten Willen, dazuzugehören.
ドイツ書籍賞の公式サイトの作品紹介(書き手の表示なし)2026年10月7日取得(掲載日の表示なし)・候補作『Orca』の欄/出典: Deutscher Buchpreis – Nominierte
訳:フランツィスカ・ゲンスラーは、胸に迫る筆致で魅惑的に、若い女性2人の友情と、二人の忠誠と、どうしても仲間に入りたいという意志を語ります。
文頭に Eindringlich und betörend(胸に迫るように、魅惑的に)が出たので、定形動詞 erzählt が2番目に来て、主語の Franziska Gänsler が動詞の後ろに回った語順です。
作品紹介20本のうち7本に、語り方を言う語句(副詞のほか、Mit stiller Wucht のような前置詞句も)を文頭に置き、erzählt・schreibt・verwebt・macht を2番目、作家名を3番目に並べた文がありました。
| 文頭の語句と動詞 | 訳 | 作家 |
|---|---|---|
| Zärtlich und eindringlich erzählt | やさしく、胸に迫るように語る | ヘレーネ・ブコウスキ |
| Menschlich, eindringlich und mitreißend macht | 人間味豊かに、胸に迫るように、引き込むように〜する | ミリアム・カルベ |
| Eindringlich und betörend erzählt | 胸に迫るように、魅惑的に語る | フランツィスカ・ゲンスラー |
| Virtuos verwebt | 見事に織り合わせる | ヴァレリア・ゴルデーエフ |
| Eindringlich und radikal klar erzählt | 胸に迫るように、徹底して明快に語る | レーウェイ・リャオ |
| Mit stiller Wucht schreibt | 静かな力で書く | ペギー・メードラー |
| Warmherzig und multiperspektivisch verwebt | 温かく、いくつもの視点から織り合わせる | ルーカス・リーチェル |
審査員のコメントで同じ4つの動詞が述語になった文は、„Die Lücken“ erzählt …、Er erzählt …、Gordeev schreibt …、Peggy Mädler erzählt … のように、どれも主語から始まっています。
審査員代表のコメントには Stilbewusst, innovativ, durchaus auch mit Witz zeigen die Autorinnen und Autoren …(文体に気を配り、新しく、ときに機知も交えて、作家たちは〜を見せる)という、語り方を先に置いた文が1つあります。
語り方を言う語で目立つのは eindringlich(胸に迫るように)で、作品紹介の4回と審査員のコメントの1回(eine eindringlich erzählte Liebes- und Familiengeschichte)を合わせて5回です。
審査員のコメントには、つづりの近い eindrücklich も1回あり、eindrücklichen Vielfalt literarischer Mittel(文学的手法の印象深い多彩さ)で「印象に残る」の意味です。
eindringlich は動詞 eindringen(入り込む)から、eindrücklich は名詞 Eindruck(印象)から来た語で、語幹が dring(入り込む)と drück(押す、Eindruck)で分かれています。
自分の休暇を話す文から、本の中身を語る文へ
初級の教材では、erzählen は人が人に話す動詞として出てきます。
賞の文章では、同じ動詞や前置詞が、主語と相手の組み方を変えて使われていました。
| 教材によくある作例 | 賞の文章の形 | 変わったところ |
|---|---|---|
| Ich erzähle dir von meinem Urlaub.(休暇のことを君に話すね) | „Die Lücken“ erzählt von jüdischen Familien … | 主語が人から本に替わり、聞き手を示す3格の dir が無くなる |
| Das ist ein Buch von Goethe.(これはゲーテの本です) | Der Roman „Die Lücken“ von Shida Bazyar … | von はどちらも書き手で、賞の文章では中身を別に動詞の目的語で言う |
| Ich schreibe einen Brief an meine Mutter.(母に手紙を書く) | Karosh Taha schreibt über die Angst in den Straßen | 書く物(4格)と宛先(an)が消え、中身だけが über で立つ |
| Ich lese ein Buch.(本を読む) | Wir lesen … von Sehnsucht, Freundschaft, Liebe und Gewalt | 読む物の4格の代わりに、読んで受け取った中身が von で立つ |
4組とも、教材の形では動詞の相手(聞き手・宛先・読む物)が文に立ち、賞の文章では中身を言う前置詞句がその位置を占めています。
教材で erzählen von を「〜のことを話す」と覚えた人は、主語を本に替えて「〜を描く」と読めば、賞の文章にそのまま当てはまります。
英語・フランス語・スペイン語の「〜についての小説」と「〜について語る」
「〜についての小説」と「〜について語る」で前置詞が入れ替わる言い方は、ほかの言語にも見られる現象です。
| 言語 | 〜についての小説 | 〜について語る |
|---|---|---|
| ドイツ語 | ein Roman über … | erzählen von … |
| フランス語 | un roman sur … | parler de … |
| スペイン語 | una novela sobre … | hablar de … |
| 英語 | a novel about … | tell of …(書き言葉)/talk about … |
フランス語とスペイン語は、名詞の側に「上」を表す前置詞(sur・sobre)、動詞の側に「〜から」を表す前置詞(de)を置き、ドイツ語の über と von と同じ並びになります。
英語は about が名詞にも動詞にも付けられ、tell of は物語や詩の文体で使われる言い方です。
フランス語では un roman de … が「〜の書いた小説」になり、ドイツ語の Roman von … と同じく書き手を示します。
フランス語の文学賞を扱った回では、ゴンクール賞の第1次選考に残った16作の題名を読んでいます。
作品の中身を1文で伝える紹介文は、韓国語のドラマ紹介の1文を読んだ回でも取り上げました。
前置詞と格を選ぶ5問
どれも素材に無い作例です。前置詞と冠詞の形を自分で決めてください。
問1.「2人の古い友人についての本」になるよう空所を埋めてください。Das ist ein Buch ___ zwei ___ ___.(alt=古い、der Freund=友人)
答えと解説
答え:über zwei alte Freunde
Buch の中身は Roman と同じく über でつなぎ、über は4格を取ります。冠詞の無い複数4格なので形容詞は -e、名詞は Freunde で、3格なら zwei alten Freunden になるところです。
問2.空所を埋めてください。Die Autorin erzählt ___ ___ Kindheit.(ihre Kindheit=彼女の子ども時代)
答えと解説
答え:von ihrer
erzählen の中身は von でつなぎ、von は3格を取ります。女性名詞に付く所有冠詞 ihre は、3格で ihrer になります。
問3.「その小説は何について語っているのですか」を、erzählen を使ってドイツ語で言ってください。
答えと解説
答え:Wovon erzählt der Roman?
前置詞+「何」を問うときは、was を前置詞と組ませず、wo と前置詞を1語にした疑問詞を文頭に置きます。erzählen が取るのは von なので wovon です。
問4.「その作家(女性)は何について書いているのですか」を、schreiben を使ってドイツ語で言ってください。
答えと解説
答え:Worüber schreibt die Autorin?
schreiben の中身は über なので、wo と über を1語にします。über は母音で始まるため、間に r を入れて worüber になります。
問5.「トーマス・マンの、ある商人一家についての長編」を、Roman を使って1つの名詞句にしてください。
答えと解説
答え:ein Roman von Thomas Mann über eine Kaufmannsfamilie
書き手は von+3格、中身は über+4格で、1つの Roman の後ろに2つの前置詞句を並べます。ふつうは書き手の von を先に置きます。
über が「〜にわたって」の意味になるとき
審査員のコメントには、中身でなく時間の幅を言う über の例もありました。
最終候補『Die Lücken』へのコメントの Über einen Zeitraum von rund hundert Jahren verändert sich die Sprache zwischen den Zeitebenen(およそ100年にわたり、時代の層ごとに言葉が変わっていく)では、über の後ろの einen Zeitraum(期間)が4格で長さを表す形です。
審査員代表のコメントの große, mitreißende Erzählungen über lange Zeiträume は、「長い期間にわたる、大きく引き込む物語」とも「長い期間についての物語」とも訳せるので、集計ではどちらにも決めずに数えました。
über の後ろの4格が Zeitraum(期間)や Jahre(年)のような時間の長さなら、「〜にわたって」の読みが出てきます。Roman や Erzählung の後ろでは「〜について」とも読めるので、前後で決めます。


