ドイツ語の教科書で接続法II式を習うとき、例文はたいてい2種類です。
「もし時間があったら旅行するのに」という非現実の願望か、Könnten Sie …? の丁寧な依頼か。
ところが実際の記者会見では、同じ形が別の仕事をしています。言質を取られないために使われているのです。
ここで材料にするのは、2026年8月の連邦政府記者会見(Regierungspressekonferenz)の公式速記録4回分です。
8月10日・12日・19日・24日の4回で、発言本文だけを取り出すと約24万6千字あります。
準備原稿ではなく、その場で口から出たやりとりがそのまま活字になっています。この記事では、そこに繰り返し現れる「答えを保留する定型表現」を機能別に並べ、それを支えている文法を確認します。
扱うのは言い方だけです。引用は日程・省庁の所管・会見の進行といった、政策の当否の判断が入らない場面からだけ選んでいます。
この線引きの理由は編集方針に書いてあります。
- この4回で「答えを保留する言い方」は何回出てくるか
- 記者が質問を切り出すときの形
- 会見の口火を切る一言
- 手元にない、と言う|nachreichen と Kenntnisstand
- まだ決まっていない、と言う|vorgreifen と zur gegebenen Zeit
- 論評しない、と言う|sich äußern の否定形
- 隣の省に渡す|verweisen・abgeben・zuständig
- 理解を求めて打ち切る|um Verständnis bitten
- すでに言った、に差し戻す|wie gesagt と Sie wissen
- これらの定型を支えている文法|würde と接続法II式
- man は「人は一般に」ではなく「誰がとは言わない」
- 接続法I式は、答える側からほとんど出てこない
- 教科書の一文と、この4回の一文を並べる
- 聞き取りのとき、この定型はどこが縮むか
- 型を入れ替える練習
- この型を自分のドイツ語に持っていくとき
- 速記録を自分で数えるときの手順
この4回で「答えを保留する言い方」は何回出てくるか
先に数えた結果を出します。数え方も一緒に書いておくので、気になったら自分で数え直してください。
下の回数は、4回分の発言テキスト約24万6千字を対象に、語幹の部分一致で数えたものです。
| 数えた形 | 回数(4回合計) | 記者側 / 省庁側の内訳 |
|---|---|---|
| äuß を含む語(sich äußern・Äußerung) | 53 | 9 / 44 |
| kommentier を含む語 | 17 | 1 / 16 |
| nachreich を含む語 | 12 | 3 / 9 |
| verweis を含む語 | 10 | 0 / 10 |
| Kenntnis / Kenntnisstand を含む言い回し | 9 | 4 / 5 |
| davon ausgehen | 8 | 3 / 5 |
| zum 〜 Zeitpunkt(jetzigen ほか) | 7 | 1 / 6 |
| vorgreifen / vorzugreifen | 6 | 0 / 6 |
| zur gegebenen Zeit | 4 | 0 / 4 |
| spekulieren / Spekulation | 4 | 0 / 4 |
| hypothetisch / Mutmaßung | 4 | 0 / 4 |
| um Verständnis | 3 | 0 / 3 |
合計すると137回で、うち116回が答える側から出ています。
数え落としが起きやすいのは äuß の行です。sich äußern(論評する)と Äußerung(発言)を分けずに数えているので、53回のうち何回かは「誰それがこう発言した」という中立の名詞用法です。
逆に、この一覧に入れていない言い方もあります。Das ist mir nicht bekannt.(存じません)や Dazu liegen mir keine Erkenntnisse vor.(それについて手元に情報がありません)は、語幹で拾えないので上の表には出てきません。
つまり137回は下限です。「答えを保留する言い方」を意味で数えれば、もっと増えます。
以下の各表に並べるドイツ語は、いずれもこの4回分の速記録に現れた形です。出典は本文中の引用ブロックに示した4本の公式速記録をご覧ください。
記者が質問を切り出すときの形
まず質問する側から見ておくと、答える側の型が分かりやすくなります。
この会見の速記録では、質問の見出しが Frage、追加質問が Zusatzfrage と表記されます。記者の氏名は載りません。
切り出しでいちばん多いのは、誰に聞くかを先に言う形です。
| ドイツ語 | 読み方 | 日本語訳 |
|---|---|---|
| Ich habe eine Frage an das Justizministerium. | イッヒ・ハーベ・アイネ・フラーゲ・アン・ダス・ユスティーツミニステーリウム | 司法省に質問があります。 |
| Eine Frage an Frau Ungrad … | アイネ・フラーゲ・アン・フラウ・ウングラート | ウングラートさんに質問です。 |
| Können Sie uns die Länder nennen? | ケネン・ズィー・ウンス・ディ・レンダー・ネネン | 国名を挙げていただけますか。 |
| Dann eine Nachfrage an Sie … | ダン・アイネ・ナーハフラーゲ・アン・ズィー | では追加でうかがいます。 |
数えると、können Sie 型の質問は4回分で43回出てきます。うち37回が記者の側です。
ここで教科書との差が1つ出ます。丁寧な依頼として習う接続法II式の könnten Sie は、4回分を通じて1回しか出てきません。
会見での質問は依頼ではなく要求なので、直説法の können Sie で押すほうが標準になっているわけです。
依頼の形そのものを段階で整理したい場合は、ドイツ語の依頼表現の段階のほうを見てください。この記事は依頼ではなく、依頼をかわす側を扱います。
進行に関わる短い断りも、記者の側から出ます。
Darf ich eine kurze organisatorische Nachfrage stellen?
連邦記者会見に出席した記者(速記録に氏名記載なし)2026年8月24日・連邦記者会見での質問/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:手短に、進行についての追加質問をしてもよろしいですか。
Darf ich …? は許可を求める形で、質問の中身ではなく質問する行為そのものに断りを入れています。
会見の口火を切る一言
会見は司会が開会を宣言し、政府報道官が日程の告知から入るのが定型です。
Herzlich willkommen auch von mir in diesem schönen Saal.
連邦政府報道官 2026年8月24日・連邦記者会見での発言/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:私からもこの素晴らしい会場へようこそ、と申し上げます。
auch von mir(私からも)が入るのは、司会がすでに歓迎を述べているからです。同じ挨拶を重ねるときの目印になります。
この直後に続く定型が Ich habe zwei Terminankündigungen.(お知らせする日程が2件あります)で、以降は Am Donnerstag, dem 27. August, … と日付の与格から始まる文が並びます。
手元にない、と言う|nachreichen と Kenntnisstand
1つ目の型は「答えないのではなく、いま持っていない」という枠に置き換える言い方です。
中心になる動詞が nachreichen で、辞書の語義は「後から提出する」です。
Das entzieht sich heute meiner Kenntnis. Das kann ich Ihnen aber gern nachreichen.
連邦財務省 報道担当 2026年8月12日・連邦記者会見での発言/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:それは今日のところ私の知るところではありません。ただ、喜んで後ほどお出しします。
sich entziehen + 3格 は「〜の及ぶ範囲から逃れている」という言い方で、Ich weiß es nicht.(知りません)より責任の所在がぼやけます。
主語が das(それ)になっている点が要です。知らないのは話し手のはずなのに、文法上の主語は情報の側に移っています。
語形は würde や müsste と組むことが多く、この4回分では次の形が出ています。
| ドイツ語 | 読み方 | 日本語訳 |
|---|---|---|
| Das müsste ich Ihnen nachreichen. | ダス・ミュステ・イッヒ・イーネン・ナーハライヒェン | それは後ほどお出しすることになります。 |
| Die Details müsste ich Ihnen nachreichen. | ディ・デタイルス・ミュステ・イッヒ・イーネン・ナーハライヒェン | 詳細は後ほどお出しします。 |
| Ich kann einmal schauen, ob ich dazu etwas nachreichen kann. | イッヒ・カン・アインマール・シャウエン・オプ・イッヒ・ダーツー・エトヴァス・ナーハライヒェン・カン | 何かお出しできるか見てみます。 |
知識の範囲を限定する言い方も同じ働きをします。nach meinem Kenntnisstand(私の知る限りでは)と meiner Kenntnis nach は、4回分で9回出てきます。
いずれも文の内容を否定せずに、その内容が保証される範囲だけを狭めています。
まだ決まっていない、と言う|vorgreifen と zur gegebenen Zeit
2つ目の型は、時間の側に理由を置く言い方です。
鍵になる動詞は vorgreifen で、3格を取って「〜に先回りする」を意味します。
Dem Gespräch kann ich jetzt nicht weiter vorgreifen.
連邦環境省 報道担当 2026年8月24日・連邦記者会見での発言/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:その協議に、いまこれ以上先回りすることはできません。
否定されているのは「話す能力」ではなく「先回りしてよいかどうか」です。答えないことが手続き上の礼儀として提示されます。
この6回の使用例はすべて答える側からで、記者の側からは1回も出ません。
時間で受け流す言い方は他にもあります。
| ドイツ語 | 読み方 | 日本語訳 |
|---|---|---|
| zur gegebenen Zeit | ツア・ゲゲーベネン・ツァイト | しかるべき時期に |
| zum jetzigen Zeitpunkt | ツム・イェッツィゲン・ツァイトプンクト | 現時点では |
| alles Weitere dann zu gegebener Zeit | アレス・ヴァイテレ・ダン・ツー・ゲゲーベナー・ツァイト | それ以外は追ってお知らせします |
zur gegebenen Zeit は4回分で4回出ますが、いずれも答える側です。時期を示すふりをして、実際には時期を示していません。
論評しない、と言う|sich äußern の否定形
3つ目の型がいちばん多く、この4回分の中心になる言い方です。
sich äußern は再帰動詞で、辞書では「意見を述べる」と出ます。ところがこの会見では、圧倒的に否定形で現れます。
Sie wissen, dass ich mich, wie üblich, nicht zu den Einzelheiten der regierungsinternen Abstimmung äußere.
連邦司法省 報道担当 2026年8月24日・連邦記者会見での発言/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:ご存じのとおり、私は例によって、政府内の調整の詳細については述べません。
この一文には型が3つ重なっています。Sie wissen(ご存じのとおり)で既知扱いにし、wie üblich(例によって)で慣行に落とし、äußere を否定して締めています。
組み合わせの語順も決まっていて、sich zu + 3格 äußern が基本形です。zu の後ろに来るのが「触れない対象」になります。
| ドイツ語 | 読み方 | 日本語訳 |
|---|---|---|
| Zu den Einzelheiten kann ich mich nicht äußern. | ツー・デン・アインツェルハイテン・カン・イッヒ・ミッヒ・ニヒト・オイサーン | 詳細については述べられません。 |
| Zu Einzelfällen äußern wir uns hier nicht. | ツー・アインツェルフェレン・オイサーン・ヴィア・ウンス・ヒーア・ニヒト | 個別の案件についてはここでは述べません。 |
| Es ist richtig, dass wir solche Äußerungen nicht kommentieren. | エス・イスト・リヒティヒ・ダス・ヴィア・ゾルヒェ・オイセルンゲン・ニヒト・コメンティーレン | そうした発言に論評しないというのは、そのとおりです。 |
主語が ich から wir に切り替わる点にも注意してください。wir にすると、個人の判断ではなく省の方針という色がつきます。
同じ動詞を肯定で使うと、そのまま「言うか言わないか」の話に化けます。この4回分でいちばん短い答えがこれです。
Er äußert sich dann, wenn er sich äußert.
連邦政府副報道官 2026年8月12日・連邦記者会見での発言/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:彼が述べるときには、述べます。
wenn 節が副文なので定動詞が文末に回り、主文と副文で同じ動詞が2回鳴ります。同語反復そのものが答えの形になっている例です。
隣の省に渡す|verweisen・abgeben・zuständig
4つ目の型は、答えを別の官庁の所管に移す言い方です。
verweisen は10回、いずれも答える側から出ます。zuständig(所管の)は37回で、記者側からも16回出ます。
Für das Zusammenspiel würde ich vielleicht an das Innenministerium abgeben.
連邦財務省 報道担当 2026年8月12日・連邦記者会見での発言/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:連携については、内務省にお渡ししようかと思います。
ここが接続法II式の見どころです。würde ich abgeben は「渡すつもりです」であって、「渡してもいいですか」ではありません。
直説法で Ich gebe an das Innenministerium ab. と言えば同じ内容ですが、その場を仕切る響きが出ます。würde を挟むと、決定ではなく提案の顔になります。
言い換えの幅は次のとおりです。
| ドイツ語 | 読み方 | 日本語訳 |
|---|---|---|
| Dazu würde ich an das zuständige Ministerium verweisen. | ダーツー・ヴュルデ・イッヒ・アン・ダス・ツーシュテンディゲ・ミニステーリウム・フェアヴァイゼン | それについては所管省庁にお尋ねください。 |
| Da muss ich auf die Zuständigkeit des Hauses verweisen. | ダー・ムス・イッヒ・アウフ・ディ・ツーシュテンディヒカイト・デス・ハウゼス・フェアヴァイゼン | そこは当該省の所管ですのでそちらに。 |
| Ihre Fragen müssten Sie bitte dorthin richten. | イーレ・フラーゲン・ミュステン・ズィー・ビッテ・ドルトヒン・リヒテン | ご質問はそちらにお願いします。 |
Haus は省庁の内輪の言い方で、「うちの省」を指します。辞書の「家」からは離れているので、聞き取りの引っかかりどころです。
理解を求めて打ち切る|um Verständnis bitten
5つ目は、答えないことへの同意を先に取りにいく型です。
Insofern bitte ich um Verständnis dafür, dass wir zu Einzelheiten noch nicht detailliert Stellung nehmen können.
連邦財務省 報道担当 2026年8月10日・連邦記者会見での発言/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:その点で、詳細についてまだ立ち入った見解を示せないことにご理解をお願いします。
bitten um + 4格 は「〜を願う」で、um Verständnis bitten はひとまとまりの慣用です。
後ろに dafür, dass … を付けて理由を入れられる構造になっていて、この dafür が形式的な受け皿として先に立ちます。
Stellung nehmen(見解を示す)も定型で、sich äußern より一段かたい言い方です。動詞と名詞が離れて枠を作るので、文末まで聞かないと否定かどうか分かりません。
ビジネスメールでも同じ型がそのまま使えます。書き言葉での置き換えはドイツ語の依頼メールの書き方のほうが具体的です。
すでに言った、に差し戻す|wie gesagt と Sie wissen
6つ目は、答えを新しく作らずに過去の答えへ送り返す型です。
wie gesagt は4回分で20回出て、うち19回が答える側です。Sie wissen は31回で、うち30回が答える側です。
この偏りは偶然ではありません。既知の情報として扱えるのは、その情報をすでに出した側だけだからです。
Aber, wie gesagt, wir beobachten die Lage genau.
連邦経済・エネルギー省 報道担当 2026年8月19日・連邦記者会見での発言/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:ただ、申し上げたとおり、状況は注意深く見ています。
wie gesagt は文頭・文中どちらにも置けて、コンマで挟まれます。同じ内容をもう一度言うときの前置きとして働きます。
推測を断る言い方もこの近くにあります。
Dazu möchte ich, wie gesagt, nicht spekulieren.
連邦経済・エネルギー省 報道担当 2026年8月24日・連邦記者会見での発言/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:それについては、申し上げたとおり、推測はしたくありません。
möchte は「〜したい」ですが、否定と組むと「〜しないでおきたい」という控えめな拒否になります。ここでも接続法II式が拒否を柔らかくしています。
これらの定型を支えている文法|würde と接続法II式
ここまでの型を並べると、同じ文法が何度も顔を出しているのが分かります。
4回分での回数は次のとおりです。単数形だけを数えるか複数形も含めるかで数字が変わるので、両方を出します。
| 形 | 単数形のみ | 複数形も含む |
|---|---|---|
| würde / würden | 77 | 91 |
| wäre / wären | 23 | 31 |
| könnte / könnten | 11 | 20 |
| müsste / müssten | 10 | 17 |
| hätte / hätten | 6 | 7 |
würde が突出しています。しかも大半が「もし〜なら」の主節ではなく、条件節を伴わない単独の使い方です。
条件節がないので、非現実の話ではありません。話し手が自分の断定を一段下げるためだけに使っています。
会見の進行そのものを動かすときにも、この形が出ます。
Vielleicht wäre es an dieser Stelle tatsächlich angebracht, einfach zu erklären, was in diesem Fall passiert.
連邦記者会見 司会 2026年8月24日・連邦記者会見での発言/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:おそらくここでは、この場合に何が起こるのかを単に説明するのが適切でしょう。
Es wäre angebracht, … zu … は「〜するのが適切でしょう」という提案の枠です。命令にも依頼にもせず、場の判断として置いています。
vielleicht と tatsächlich が同じ文に同居しているのも特徴です。前者で確信度を下げ、後者で押し戻しています。
この一語ずつが会話の温度を決める働きは、ドイツ語の心態詞 doch・ja・mal・ebenで扱った現象と地続きです。
man は「人は一般に」ではなく「誰がとは言わない」
man は4回分で114回出てきます。答える側が76回、記者側が38回です。
教科書では In Deutschland isst man viel Brot.(ドイツではパンをよく食べる)のような一般論の主語として習います。
会見での使われ方はこれとは違い、動作主を出さないための道具になっています。
Man muss dann immer noch ein bisschen zwischen Pegelstand und Fahrrinne differenzieren.
連邦交通省 報道担当 2026年8月10日・連邦記者会見での発言/出典: 連邦政府 公式速記録
訳:その際には、水位と航路の深さをやはり少し区別しなければなりません。
ここで区別しなければならないのは、話している本人か記者か、それとも一般の読み手か。man はそれを決めないまま文を成立させます。
受動態と機能が重なる場面も多く、auf das man sich verständigt hat(合意された)のような形は、行為者を落とすという点で受動と同じ働きです。
使い分けの目安を3つに絞ると、次のようになります。
- 行為者が本当に不特定なら man
- 行為者を出したくないだけなら受動
- 自分たちの方針だと示したいなら wir
この3つが混ざると、聞き手には責任の所在が追えなくなります。逆に言えば、追えなくすること自体がこの場での機能です。
接続法I式は、答える側からほとんど出てこない
ドイツ語の教科書は、間接話法を接続法I式で教えます。Er sagte, er sei krank.(彼は病気だと言った)の形です。
この4回分を数えると、話がずれます。
形の上で直説法と紛れない接続法I式(sei・seien・könne・müsse・wolle・solle・dürfe)だけを数えました。habe と werde は1人称の直説法と同形なので除いています。
| 形 | 4回合計 | 記者側 / 省庁側 |
|---|---|---|
| sei | 16 | 10 / 6 |
| solle | 5 | 5 / 0 |
| seien | 4 | 3 / 1 |
| könne | 3 | 2 / 1 |
| müsse | 1 | 1 / 0 |
| wolle / dürfe | 0 | 0 / 0 |
| 合計 | 29 | 21 / 8 |
1回の会見あたり7回ほどで、しかも3分の2以上が質問する側から出ています。
さらに29回のうち3回は間接話法ですらありません。sei es drum(まあいいでしょう)と sei es bei diesem Thema(この件であれ)は譲歩の慣用で、残る1回は「記録のために付け加えておく」という要求話法です。
記者が接続法I式を使うのは、他人の発言を引いて質問を組み立てるからです。Experten sagen, dass es nicht möglich sei …(専門家は不可能だと言っています)のように、引用元と自分の立場を切り離す必要があります。
答える側にはその必要がありません。自分の発言に責任を持ちつつ断定を下げたいので、選ぶのは接続法I式ではなく würde と接続法II式です。
つまり「ドイツ語の間接話法は接続法I式」という説明は、書き言葉の規範としては正しくても、この場の話し言葉の実態とはずれます。話し言葉では dass 節+直説法が普通で、接続法I式は距離を取りたいときの選択肢になります。
教科書を疑う必要はありません。教科書が説明しているのは新聞記事や公文書の規範で、口頭のやりとりは別の分布を持つ、というだけです。
教科書の一文と、この4回の一文を並べる
左の列は初級から中級の教材で見かける形に整えたもの、右の列は上で引用した速記録に実際に現れた形です。
| 教科書で習う形と説明 | この4回に出てきた形 | 同じ文法が何をしているか |
|---|---|---|
| Wenn ich Zeit hätte, würde ich kommen.(もし時間があれば行くのに=非現実) | Für das Zusammenspiel würde ich vielleicht an das Innenministerium abgeben. | 条件節がない。仮定ではなく、自分の決定を提案の顔にしている |
| Es wäre schön, wenn Sie kämen.(来ていただけたら嬉しいのですが=丁寧な願望) | Vielleicht wäre es an dieser Stelle tatsächlich angebracht, … | 願望ではなく、場の進行に対する提案。命令を避ける道具 |
| Könnten Sie mir helfen?(手伝っていただけますか=丁寧な依頼) | Können Sie uns die Länder nennen? | 会見では直説法が標準。接続法II式の依頼形は4回分で1回だけ |
| In Deutschland isst man viel Brot.(一般に人は〜する) | Man muss dann immer noch ein bisschen … differenzieren. | 一般論ではなく、動作主をあえて決めない |
| Er sagte, er sei krank.(間接話法は接続法I式) | 答える側は接続法I式をほとんど使わない(8回のみ) | 他人の発言を引く記者側に偏る。答える側は würde で下げる |
| sich äußern=意見を述べる(辞書の語義) | Zu den Einzelheiten kann ich mich nicht äußern. | 否定形が既定。肯定形はむしろ「発言する予定がある」の意味に寄る |
| nachreichen=後から提出する(書類) | Das kann ich Ihnen aber gern nachreichen. | 提出物ではなく回答が目的語になる。事実上の先送り宣言 |
7組を並べると、共通しているのは1つです。
教科書の側は文の意味を説明していて、会見の側は話し手の立ち位置を作っています。
語形が同じでも仕事が違うので、辞書の語義から入ると読み違えます。逆に、この4回のように同じ形が繰り返し出る場を1つ決めて読むと、機能のほうから覚えられます。
聞き取りのとき、この定型はどこが縮むか
速記録は音を書き起こしたものなので、実際の発音では文字どおりには鳴りません。
この種の定型で落ちやすいのは、次の3か所です。
| 綴り | 実際に聞こえやすい形 | 起きていること |
|---|---|---|
| Ich kann mich nicht äußern | イッヒ・カン・ミッヒ・ニヒト・オイサン | 語末の -ern が母音化して「アン」に近づく |
| Ich würde … | イッヒ・ヴュルド | 語末の -e が落ちて1音節分短くなる |
| wie gesagt | ヴィー・グザークト | ge- の母音が弱まり、g と z がくっつく |
とくに würde は、語末の -e が落ちると wird(〜する予定だ)と紛らわしくなります。
聞き分けの手がかりは母音です。würde の ü は唇を丸めた前舌音で、wird の i とははっきり違います。
もう1つの手がかりは、文末の動詞です。würde が来た文は多くの場合そのまま不定形が文末に立つので、Ich würde … abgeben. のように最後まで聞けば判定できます。
逆に、nicht の位置は音では取れません。否定辞は文の中ほどに埋まるので、意味の反転に気づくのが遅れます。
型を入れ替える練習
左の直接的な言い方を、この会見で使われている型に直してください。解答は下に畳んであります。
- Ich weiß es nicht.(知りません)を、知識の範囲を限定する形に。
- Ich sage es Ihnen später.(後で言います)を、nachreichen を使った形に。
- Ich sage nichts über die Details.(詳細は言いません)を、sich äußern を使った形に。
- Fragen Sie das Innenministerium.(内務省に聞いてください)を、würde を使った形に。
- Wir können jetzt nichts sagen.(いま言えません)を、理解を求める形に。
- Ich rede nicht über zukünftige Gespräche.(今後の協議については話しません)を、vorgreifen を使った形に。
- Wir müssen hier unterscheiden.(ここは区別が必要です)を、man を使った形に。
解答と解説
1. Nach meinem Kenntnisstand ist das nicht der Fall. または Das entzieht sich meiner Kenntnis. 後者のほうが、知らない責任を情報の側に移せます。
2. Das müsste ich Ihnen nachreichen. müsste を使うと、外的な事情でそうなるという含みが出ます。
3. Zu den Einzelheiten kann ich mich nicht äußern. zu + 3格が「触れない対象」を指す位置です。
4. Dazu würde ich an das Innenministerium verweisen. 直説法の verweise でも通じますが、場を仕切る響きが強くなります。
5. Ich bitte um Verständnis dafür, dass wir dazu noch nicht Stellung nehmen können. dafür, dass … の受け皿を忘れると文が座りません。
6. Den Gesprächen kann ich jetzt nicht vorgreifen. vorgreifen は3格支配なので、Gespräche は複数3格の Gesprächen になります。
7. Da muss man unterscheiden. wir を man に替えると、自分たちの判断だという色が消えます。
まちがえやすいのは6番の格です。vorgreifen を4格で組む誤りは学習者に多く、Ich kann das nicht vorgreifen. は成立しません。
3番も注意が必要で、über を使った sich über etwas äußern も可能ですが、会見で定着しているのは zu のほうです。
この型を自分のドイツ語に持っていくとき
ここまでの定型は、会議やメールにそのまま移せます。ただし2点だけ調整が要ります。
1つは主語です。会見の wir は省庁を指しますが、社内で使うと誰を指すのか曖昧になります。
担当が自分なら ich に落としてください。
もう1つは頻度です。würde を連発すると、何も決めない話し手という印象になります。
1つの発言に1回までを目安にすると収まりがよくなります。
会議の進行で使う表現をまとめて見たい場合は、ドイツ語のファシリテーション表現のほうが用途別に並んでいます。
逆に、断らずに答えるほうの型を増やしたいときは、Ich kann Ihnen sagen, dass …(申し上げられるのは〜です)が使えます。Ich kann Ihnen … の枠はこの4回分で7回出ており、否定と対になる肯定側の枠です。
速記録を自分で数えるときの手順
連邦政府のサイトは、記者会見の速記録を発言者の見出しつきで公開しています。
1回分を全部読む必要はありません。次の順でやると30分ほどで感触がつかめます。
- ページ内検索で äuß を検索して、当たった文だけ拾う
- その文が肯定か否定かを数える
- 否定の文だけを取り出して、直前の質問と並べる
この記事で使った4回分では、äuß で53件が当たります。そのうち何件が「答えを保留する用法」かを自分で判定すると、辞書の語義との距離が見えます。
同じ手順は würde でも man でも使えます。数え方の定義を先に決めておくのがコツで、単数形だけか複数形も含めるかで数字は2割ほど動きます。
数えた結果が本記事と食い違ったら、たいていは定義の差です。気が向いたときに1回分だけ数えてみるので大丈夫です。

